落語「七福神(かつぎや)」の舞台を歩く
   

 

 四代目 三遊亭円遊の噺、「七福神(かつぎや)」によると。
 

 呉服屋のかつぎ屋五兵衛は、たいへんな縁起かつぎ。正月元旦ともなると、縁起かつぎもすさまじい。
下働きの清蔵を呼ぶと「まずは井戸神様にダイダイを入れて和歌を供えて若水を汲んでおくれ」と言いつけ和歌を教える。「新玉の 年とちかえる あしたより 若柳水を 汲み初めにけり。これはわざっと お年玉。」こう教えられた清蔵は、「目の玉の でんぐり返る あしたより 末期の水を 汲み初めにけり。 これは、わざっとお人魂。」とやらかす。怒った五兵衛は清蔵にクビを言い渡す。清蔵は「ついでだから後9日置いてれ、丁度35日になるから・・・」。庭に降りて頭を下げる清蔵に、五兵衛が「お前は何をしてるんだ。」と聞くと、「草葉の陰から手を合わせている。」

 早桶屋の白兵衛がやってきた。「正月はそんなにめでたくはないよ、一休さんも『門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』と言ってる」。縁起の悪い事をさんざん言って、歌を唄った「五兵衛さんの家の周りを福の神が取り巻いた」。機嫌を直したが、これには下の句があるという「これじゃぁ〜、貧乏神が出られない〜」。
 店の者とお雑煮を食べ始めると餅の中から釘が出た。「旦那、縁起がいいです。餅の中からカネが出たので金持ちになります」。小遣いを増やしてもらう定どんに清蔵は「身代は持ちかねる」と悪態をついた。

 さて、そうこうするうち、二日の晩、お宝船売りがやってくる。番頭に声をかけさせ、お宝船売りを呼び込むと、一枚四(し)文、十枚で四十(しじゅう)文というので、縁起でもないといって追い返す。
 次にやってきた宝船売りに番頭が、「うちの旦那は大変な縁起かつぎだから…。」と言って入れ知恵をする。宝船売りは、店に入るやいなや、「お宝の入り船です」と言う。五兵衛は喜んで、全部買うという。「何枚あるんだ」と聞くと、「へい、旦那の年ほどもございます。」「何枚だ。」「千万枚でございます。」
 五兵衛は、縁起がいいと大喜び、しかも酒をを勧めると「亀の子のように・・・」。酒を注ぐと「黄金色のよう・・・」。「こんなイイ酒で酔うと宝船に乗っているようだ」。喜んだ五兵衛さん、いつでも遊びにおいで、で、何処に住んでいますか。「本郷の蓬莱町にいましたが浅草寿町に、そこから下谷の長者町に移りましたが、それ以上引越させないでください」。その都度ご祝儀をはずんでもらい、反物までもらった。
 宝船売りは、ご機嫌になり「旦那の姿は大黒様、美しいお嬢様は弁天様。七福神がお揃いで、おめでとうございます」と帰りかけた。五兵衛が「それじゃぁ、二福じゃないか。」と言うと、「いいえ、それでよろしいのです。ご商売が、呉服(五福)でございます。」

 


1.七福神
 今晩見る初夢、吉なる夢が見られますように、七福神の自己紹介を、
1.恵比須(えびす);釣り竿と鯛を持ち、エビス顔と言われるように笑顔が有名。御利益は除災招福、商売繁盛。
2.大黒天(だいこくてん);大黒様として有名。右手に打ち出の小槌持ち、米俵の上に乗っている。御利益は五穀豊穣、子孫愛育、蓄財と商売繁盛。
3.弁財天(べんざいてん);七福神の中で唯一の女性の神様。楽器の琵琶を持つ。御利益は学芸成就、恋愛成就、商売繁盛。
4.毘沙門天(びしゃもんてん);武具甲冑を身につけた武将。御利益は勝運、蓄財。
5.福禄寿(ふくろくじゅ);頭が長く、短身。ひげを蓄え鶴を従える。御利益は招徳人望、俸禄増加と長寿。
6.寿老人(じゅろうじん);白髪の老人。鹿を従えている。御利益は延命、長寿、富貴招福。
7.布袋尊(ほていそん);太鼓腹で常に袋を持って歩く。ほてい様として知られ、御利益は夫婦円満、財宝賦与、清廉潔白で大きな度量を授ける。 

■第36話「御慶」で使った七福神御宝船(部分)です。
 

2.宝船
 
宝船の絵を1月2日の晩にマクラの下に敷いて寝るとイイ夢を見られるという。この夜、見る夢を「初夢」と言い特に縁起を担いだ。この絵を売りに来るのが”お宝船売り”で「お宝、お宝 、お宝!」と言って売りに来た。その夕刻だけの超キワモノの商売です。商売下手と商売上手では売上に天地の開きが出るハズです。
 上記の七福神をクリックすると、そのお宝船になります。


3.蓬莱町(本郷)、寿町(浅草)、長者町(下谷)
蓬莱
(ほうらい)町(本郷);文京区駒込蓬莱町。現在の文京区向丘2丁目の中央部。
寿町(浅草);
台東区浅草寿町。現在も少し広くなって寿として健在。
長者町(下谷)
台東区長者町。現在、台東区上野3丁目1〜12、19.20のJR線路の西側に南北に延びた細長い町。その北側にJR御徒町駅があります。

詳しくは写真のコーナーで・・・。


4.早桶屋

 第23話「付き馬」で詳しく解説しています。早桶とは棺桶の事で、当時は注文生産でした。正月に早桶屋さんでは縁起が悪かった。いくら幼なじみでも顔を合わせたくなかったのでしょう。
 


  舞台の下谷七福神を歩く

 下谷七福神;お宝船売りさんが下谷の長者町に住んでいたので、敬意を表して下谷七福神に行って来ました。皆様のご多幸を祈願してきました。これも初詣になるのかな〜。

■1.寿老神 「元三島神社」(もとみしまじんじゃ。台東区根岸1-7-11)
 元は伊予水軍(村上.越智.稲葉氏)の守護神である瀬戸内海の大山祇神社。
 寿老神
は中国宋代の仙人とも、福禄寿と同じ南極老人ともいわれる。鹿をつれ、桃を手に持つことから、長寿の象徴とされる。

■2.福禄寿 「入谷子母神(いりや_きしもじん。台東区下谷1-12-16)
  鬼子母神はインド仏教上の女神のひとりである。性質凶暴で、子供を奪い取っては食べてしまう悪神であった。釈迦はこの鬼子母神の末子を隠し、子を失う悲しみを実感させて改心させたという。以後、「小児の神」として児女を守る善神安産の守護神として信仰されるようになった。
入谷子母神では、子育ての善神になったという由来からツノのない「」の字を使っています。
  江戸時代中期に狂歌の太田蜀山人が「恐れ入谷の子母神」との名文句を考えて一躍有名になった。入谷あさがお市で有名 。
 福禄寿
は中国道教の長寿神で、南極星の化身ともいわれる。短身、長頭、多髪で、常に杖に経巻を結び鶴を従えている。

■3.三面大黒天 「英信寺」(台東区下谷2-5-14)
  本堂の左手にある祠にある、三面大黒天は、創建した当初から安置されていたもので、弘法大師の作だと伝えられています。真ん中に大黒様、向かって右は弁財天、左が毘沙門天、後部は宝珠形光背が付けてある。三面大黒天は出世、開運、商売繁盛の御利益があるとして新橋や柳橋に講があり、甲子(きのえね)の縁日にはお参りの人々で賑わったという。
 大黒天
はインドのシヴァの化身といわれる。中国を経て伝来。大黒主命(おおくにぬしのみこと)と習合し、五穀豊穣の神として信仰されています。 

■4.毘沙門天 「法昌寺」(台東区下谷2-10-6)
  慶安元年に創建。毘沙門天は、日蓮聖人開眼とされる。お堂の傍らには、たこ八郎改め、たこ地蔵が静かに合掌している。
 毘沙門天
は四天王の一仏で、別名多聞天というインドの神。北方世界を守護し、財宝を守るとされる。必勝祈願の軍神です。

■5.朝日弁財天 「弁天院」(台東区竜泉1-15-9)
  備中松山城主水谷伊勢守勝隆が寛永元年に上野不忍池 に弁財天を建立するとき、同時に下屋敷の邸内の池にも 弁財天をまつって、西の不忍池を夕日、東の当地を朝日弁財天と呼ぶようになりました。
 弁財天
はもとはインドの河神。音楽・弁才・財福をつかさどる女神。当初は「弁才天」と称されたが、後に吉祥天と混同し福徳賦与の神として「弁財天」となった。

■6.恵比寿神 「飛不動尊」(台東区竜泉3-11-11) http://www.tctv.ne.jp/tobifudo/
  その昔、住職が、本尊をはるばる奈良・大峰山に運んでいったところが、一夜にして江戸まで飛んで帰ってきてしまったという伝承から、その名がついた。現在では“空の旅の守り神”として、旅行客はもちろん、航空会社関係者からも人気が高い。
 恵比寿はただ唯一日本人の神様で、もと兵庫県西宮神社の祭神蛭子命(ひるこのみこと)。豊漁の神であったが後に、商売繁盛の神として信仰されるようになった。

■7.布袋尊 「寿永寺」(台東区三ノ輪1-22-15)
  寛永七年、徳川秀忠の菩提を弔うために創建された。
 布袋尊
は後梁(中国)の禅僧。常に笑みを浮かべ、福々しい体型で袋を背負って喜捨を求め歩いた。弥勒の化身とされ、その容貌から福徳円満の神として信仰される。
 

地図

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写真

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蓬莱町(本郷)文京区駒込蓬莱町。現在の文京区向丘2丁目の中央部。
 元文年間(1736〜41)町屋が開かれた。町内に寺院4か寺(瑞泰寺、栄松寺、清林寺、光源寺)があったので、四軒寺町と唱えた。本郷通の長元寺・浄心寺の両側を江戸時代”ウナギナワテ”(まっすぐ細長い道)といわれた。
 明治5年朝嘉(あさか)町の一部と、高林寺門前、浩妙寺、浄心寺などの寺地を併せ町名を蓬莱町とした。町名は中国の伝説にある東方の海中にあって、仙人が住むという蓬莱山の名にあやかり、将来の繁栄を願ってつけられた。
 町内には寺院が多く、戦災で焼失したが大観音で有名な光源寺、将軍に献上した”お茶の水”で有名な高林寺(振り袖火事でお茶の水からここに移る)がある。

「文京区、旧町名案内板より」。写真は浄心寺参道入口。

寿町(浅草)台東区浅草寿町。現在は少し広くなって寿として健在。
 
文久年間の門跡前。門跡(東本願寺)の西を南北に流れるのは新堀川で現在は埋め立てられて合羽橋通り、架かる橋は菊屋橋(現在名前のみ)で東側は旧浅草菊屋橋二丁目(その前の町名は栄久町)、さらに東が高原町でともに現在寿二丁目。 東は駒形(町)に接し、隅田川となる。
 寿町と称する町が出来たのは、明治3年(1870)のこと。浅草寿町は昭和39年、住居表示の変更で、国際通りをはさみ、寿1丁目から4丁目に分けられた。
 ここは浅草寺の南側に位置していて、仏具店が多い。

長者町(下谷)台東区長者町。現在、台東区上野3丁目1〜12、19.20のJR線路の西側に南北に延びた細長い町。その北側にJR御徒町駅があります。
 天正年間(1573〜1592)朝日長者という豪邸があったが、明暦の大火(振り袖火事)で屋敷は焼失した。この朝日長者から町名がおこったという。東上野5丁目の永昌寺は山号を朝日山といい、元禄元年(1558)この長者町に創建した。http://www.aurora.dti.ne.jp/~ssaton/meisyo/koudoukan.html
 明治44年「下谷」の冠称を略す。上野三丁目になったのは昭和39年10月1日。
 南の秋葉原電気街に接しているので、電気関係の商店、事務所が多い。

七福神の宝船の絵
「なかきよの、とおのねふりの、みなめさめ、なみのりふねの、おとのよきかな」
 江戸時代には正月二日の夕暮れに「お宝、お宝、お宝、」と言って、七福神の宝船と、前から読んでも後から読んでも同じ回文歌を、刷り込んだ絵が売られていました。
 この晩、「お宝」を枕の下に敷いて寝ると良い初夢を見ることができ、それがその年に福をもたらす、と伝えられています。 

寿老神 「元三島神社」(台東区根岸1-7-11)
 
JR鶯谷(うぐいすだに)で下車、七福神めぐりの地図をもらいます。見上げると、正面に見えるのは神社の裏側で、駅前ラブホテル街の中に入口があり、そこの主(?)として君臨しています。
 参道の入口に”茅の輪(ちのわ)くぐり”があります。わらで作られた大きな輪で、それを出たり入ったりしながら”8”の字状にくぐり抜けて厄よけをするものです。
ここから約10分歩いて・・・。

福禄寿 「入谷子母神・真源寺(台東区下谷1-12-16)
 山門を入って右側に祠があります。ここは「きしぼじん」とは言わず「きしもじん」と濁らずに言います。
ここから、北にみずほ銀行の交差点を渡って、約5分歩くと・・・。

三面大黒天 「英信寺」(台東区下谷2-5-14)
 正月ですね、細い参道では子供達が独楽回しをして遊んでいます。
祠の
真ん中に大黒様、向かって右は弁財天、左が毘沙門天、後部は宝珠形光背が付けてあります。
ここから約2分歩いて・・・。

毘沙門天 「法昌寺」(台東区下谷2-10-6)
 山門を入ると左手に本堂、突き当たりに毘沙門天の祠があります。
祠の傍らには、コメディアンたこ八郎改め、たこ地蔵が静かに合掌している。はずでしたが、見落としてきました。写真の絵は本堂に張られた大天幕の絵です。
ここから約15分歩いて・・・。

朝日弁財天 「弁天院」(台東区竜泉1-15-9)
 ここだけは町内会の人達が手分けして、お茶や案内の手助けをしています。本堂の弁天様も撮影OKの許可を得ましたが、小さくて写真になりません。琵琶を携えた木彫りの弁財天でした。
ここから約15分歩いて・・・。

恵比寿神 「飛不動尊・正宝院」(台東区竜泉3-11-11)
 10月は神無月といって神様達は出雲に出掛けてしまいますが、恵比寿様だけはお留守番として残り、願い事を叶えていると言われます。
インドから渡来の本物のインド菩提樹が境内にあります。
ここから約10分歩いて・・・。

布袋尊 「寿永寺」(台東区三ノ輪1-22-15)
 本堂の右手に屋外に鎮座している石像がここの布袋像です。祠がないので、笑っているが寂しそう。
ここが七福神目で終点です。約3分歩いて三ノ輪交差点に出て、地下鉄「三ノ輪」駅から帰るのが便利でしょう。全行程約1時間。ゆっくり参観しても1時間半〜2時間あれば充分でしょう。

                                                        2005年1月記

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