落語「厩火事」の舞台を歩く  
 

 

 八代目桂文楽の噺、「 厩火事(うまやかじ)」によると。
 

 悋気は難しいものです。
 ”お先さん”が髪結いの仕事から帰ると、亭主は帰るのが遅いと雷を落とした。負けずにお先さんもやり返して夫婦喧嘩になった。そのことでお仲人の家に愚痴を言いに来たが、毎度の事でいい加減にしなさいとたしなめられた。少しぐらい稼ぐからと言って、亭主の悪口ばかり言って、亭主を立てないと見苦しいし、今日は何をして欲しいんだ。別れるんだったら、丁度良いから別れなさい。
 「お前さんが言うから言うが、先日もお前さんの家の前を通ると入り口が開いていた。中を覗くと亭主が昼間から刺身で一杯やっていた。これが気に入らない、夜まで待ってお前と二人でやればいいだろ。そんな亭主じゃ、縁が無かったんだからお別れ、お別れなさい。別れな!。」 「旦那、そんな言い方はないでしょ。なにも百人前の刺身を長屋中配って、1升酒を飲んで倒れた訳じゃないでしょ。たった1人前の刺身と1合のお酒でしょ。」 「あぁ〜、いやだ。これだから夫婦仲の口はきけないと言うんだ。」
 「お前が愛想もこそも尽きて別れたいと言うから、言ったんで本当はどうして欲しいんだ。」 「私は彼より七つも年上で、今は良いが女の老けるのは早いので、歳を取った時に不実になるのではないかと心配なのです。でも、鉦と太鼓で探してもいないほど、優しい時もあるんですよ。」 「なんだよ、一体どうなっているんだ。」 「けれども、あんな奴死んでしまえばいいと思う事もあるんですよ。人情があるのか、不人情なのか、共白髪まで添い遂げてくれるものか心配で、その本心が分からない。」 「8年も添い遂げているお先さんが分からないのが、私が分かるはずはないでしょ。 でも、お前さんも可哀相だから、人の心の試しようというのは有るよ。」

 「お前さん、唐土(もろこし)を知っているかい。」 「知っていますよ。”おだんご”でしょ。」 「違うよ。今の中国、そこに孔子という学者がいた。その孔子が留守の時、厩から火事が出て愛していた白馬が焼死してしまった。家来一同避難して無事であったが、そのことを孔子に伝えると、『皆は無事か』と訪ねそのほかの事は何一つとがめなかった。この時から家来はこの君主には命を捧げても尽くそうと思うようになった。」
 仲人が続けて話すには「その反対に、麹町の屋敷に”さる”旦那がいた。」 「あ〜ら、猿の旦那がいたのですか。」 「名前が言えないので”さる”と言っているんだ。その旦那が瀬戸物に趣味があった。」 「あら、同じだわ。家の亭主も骨董の焼き物を大事にしていますよ。」 「そんな安物とは桁が違うよ。黙ってお聞き。ある時お客に拝見させた後奥様が片づけたが、間違って2階の階段から足を踏み外して下まで落ちてしまった。瀬戸物が大事と分かっていたので捧げて大事はなかったが、その時ご主人が『瀬戸物は大丈夫か、鉢は壊さないか、瀬戸物は壊しはしないか、鉢は壊さないか、瀬戸物は壊しはしないか。』と息もつかずに36ぺん言った。瀬戸物の事は聞いたが身体の事は 、これっぽっちも聞いてくれなかった。その後、奥様がいなくなって仲人から『瀬戸物の事は聞いても、身体の事を聞いてはくれない不実な方とは離縁願います』と出したくもない、離縁を出してしまった。
 良い機会だ、お前の亭主も瀬戸物にこっているのだろ。今から帰って、その瀬戸物を壊しておしまい。その時に瀬戸物の事ばかり言っていたらダメだよ。一言でもお前の身体の事を聞いたら見込みがある。分かったね。」 「面白い話ですね。当然私の身体の事を聞いてくれますよね。」 「そこを試すんだよ。」 「旦那、先に行ってお先が皿を壊すから身体の事を聞いてやってくれと、言付けてください。唐土ですかね麹町ではないですよね。」 「未練があっていけないよ。」

 お先さん、家に帰ると台所の亭主秘蔵の皿を持ち出し、間違った振りをしてたたき割ってしまった。しどろもどろでおろおろしているお先さんに「大丈夫かぃ」と優しい声が掛かった。お先さんほろっとしながら「(唐土だわ)そんなに私が大事かぃ。」 
 「当たり前だよ。お前に怪我されたら、明日から遊んで酒を飲んでいられなくなる。」

 


1.麹町
■麹町の名前の由来
麹町三丁目(こうじまちさんちょうめ)
 麹町(こうじまち)という町名は、江戸城の西側に位置する山の手台地で広く使われています。「こうじ」という町名の由来については、この界隈(かいわい)に入り組んだ「小路(こうじ)」が多かったためとも、米や麦、大豆などの穀物や糠(ぬか)などを発酵させた「麹(こうじ)」を扱う店が多かったためともいわれています。ほかにも国府(こう)と呼ばれた地方行政機関へ向かうための道「国府路(こうじ)」があったことからという説もあります。いずれにしても、「こうじ」という地名が、江戸時代から存在していたことは間違いありません。
 江戸城からほど近いこの台地には、武士たちが住んでいたようです。ただ、新宿通り(甲州街道・国道20号)沿いだけは、町屋として商人や職人が集まり住んでいました。現在の麹町三丁目にあたるこの地域も、文政(ぶんせい)七年(1824)の『江戸買物独案内(えどかいものひとりあんない)』によれば、鰹節(かつおぶし)や鰻(うなぎ)の蒲焼(かばやき)、蕎麦(そば)、薬、菓子(かし)、そして墨(すみ)、硯(すずり)、筆(ふで)などを売る店があったことが記されています。
 現在では、ビルが立ち並ぶビジネス街に生まれ変わった麹町三丁目ですが、江戸時代から明治、大正期には、人々の生活に密着した“商店街”が形づくられていたのです。

    <千代田区町名由来の板より>

■猿旦那 猿が旦那のお宅はどこにもありませんでした。でも、調べたら飼われた猿ぐらいはいたかも知れません。

■隣町、五番町(ごばんちょう) 江戸城に入った徳川家康は、城の西側の守りを固めるために、この一帯に「大番組(おおばんぐみ)」と呼ばれる旗本(はたもと)たちを住まわせました。ここから、「番町(ばんちょう)」という地名が生まれました。
 江戸城外郭門(がいかくもん)のひとつである市谷御門(いちがやごもん)(現・JR市ヶ谷駅付近)があったこの町は、旗本屋敷が整然と立ち並んでいたようです。明治時代にこの地に付けられた町名は土手三番町(どてさんばんちょう)で、五番町(ごばんちょう)と改称されたのは昭和十三年(1938)のことです。
 江戸時代は城を守る人々が起居した番町ですが、明治期には華族や官吏が住む町へと移り変わっていきます。また、ほかの番町と同様、この界隈(かいわい)も文人たちに愛された町でした。
 フランスの風刺画家であったビゴーや、『婦系図(おんなけいず)』『歌行灯(うたあんどん)』などで有名な小説家の泉鏡花(いずみきょうか)も、明治時代の一時期ですがこの町の住人でした。夏目漱石(なつめそうせき)の門下生で、『山高帽子』『ノラや』などの作品で知られる小説家・内田百間※(うちだひゃっけん)は、昭和十二年(1937)からの十年あまりをここ五番町で過ごしました。数多くの随筆で知られる百間は、『東京焼盡(とうきょうしょうじん)』のなかで、戦場ルポライターのような確かさで、空襲のさまを描写しています。彼の邸宅跡地には、現在、番町会館が建っています。また、昭和二十九年(1954)に『驟雨(しゅうう)』で芥川賞を受賞した小説家・吉行淳之介(よしゆきじゅんのすけ)もこの五番町の住人でした。
 落ち着いた風情(ふぜい)を色濃く残す五番町の趣(おもむき)は、こうした偉大な文人たちによって培(つちか)われてきたものなのです。

※内田百間の「間」の字は、本来は門構えに「日」でなく、「月」が入る字です。

<千代田区町名由来の板より>

■ この地に有島邸があ った。六番町の有島邸は大正・昭和文学の梁山泊だったと言われる。現在の「漢方のツムラ本社」の向かいの六番町3に広大な屋敷があり有島三兄弟(武郎生馬、里見惇)が住み、その敷地の一部に菊池寛も一時住み、文芸春秋社もここに置かれていた。
 今ここの一角に、落語協会会長・三遊亭圓歌師匠(
中沢信夫)が住んでいます(六番町3−4) 。 左の写真をクリックした、大きな写真。中央の3階建てグレーの建物が円歌事務所であり、落語「おとしよりの世界」の爺婆の舞台です。

 

2.
 厩(うまや。馬小屋)の話の出展は次の事からです。
厩焚、子退朝曰、「傷人乎。」不問馬
厩焚
(や)けたり。子(し)退きて朝(あした)曰く。「人を傷えるか」と。馬を問わず。

「厩火事」は『論語』郷党第十からの引用で、「厩が火事で焼けた。先生(孔子)は戻ってきて翌朝、「けが人はないか」とだけおっしゃった。馬についてはお尋ねにならなかった。」

孔子(こうし、紀元前551年‐紀元前479年)は春秋時代の中国の思想家で、儒教の創始者。姓は孔、名は丘、字は仲尼。孔子とは尊称で、単に孔丘とも言う。ヨーロッパではラテン語化された"Confucius"の名で知られている。

  紀元前551年に宋の王族に連なる家の子として、魯で生まれた(卑賎階級の巫女の子として生まれたとの異説あり)。幼くして両親を失い、孤児として育ちながらも、苦学して学問を修めた。50歳のとき魯の大臣に取り立てられたが、理想を果たせず、紀元前497年に失望して諸国巡遊の旅に出た。しかし、孔子の理想を受け入れる国は無く、紀元前483年69歳のとき魯に帰国した。その後、弟子の育成に専念し、紀元前479年に73歳で亡くなった。

  孔子はそれまでのシャーマニズム的な原始儒教を体系化し、一つの道徳・宗教に昇華させた。その根本義は「仁」であり、仁が様々な場面において貫徹されることにより、道徳が保たれると説いた。しかしその根底には、中国伝統の祖先崇拝があることを見逃してはならない。そのため儒教は仁という人道的な側面と、礼という家父長体制を軸とする身分制度の双方を持つにいたった。

  孔子は自らの思想を国政の場で実践することを望んだが、失脚後はその機会に恵まれなかった。孟子などの優れた後継者により、支持者を広げ、漢の武帝に至って国教の座を獲得した。 孔子は行政官としてより、教育者として多くの弟子を育て、その実力を後世に残した。現在もなお、中国人を支配する思想です。

・禅の関牧翁老師は若い頃、師の関精拙老師に対して、この様な逸話を残しています。

 「私はあやまって、先代清水六和作の重要美術品にも等しい大皿を割ったことがある。だが、このとき小言のかわりに師の口をついて出たのは『けがをしなかったか』という言葉だった。私はその割れた皿を持って自室に帰り、声を上げて泣いた。ああ、かかる師に終生仕えたいと心に誓った」。と書いています。

 

3.瀬戸物
  落語「はてなの茶碗」の最後に、湯飲み茶碗ですらあの値段が付くのであるからと、大きな水瓶を持ち込んできた主人公。大きさで値段が変わると思っている内は骨董には手を出さない方が、賢明です。 このご主人も「ヒビが入っているから安かった」、とは駄物なので一級品でないことは確かです。そうでしょう、女房の稼ぎで、こそこそと買い集めているのですから。 第33話・落語「井戸の茶碗」に見るような国宝級の陶器でない事は確実です。
 なぜ、瀬戸物というのでしょうか。話は簡単、瀬戸(市)で作られた(焼かれた)陶器だからです。決して瀬戸内で作られたからでは無いですよ。

 


  舞台の麹町を歩く
 

 梅雨の合間、猿がご主人の屋敷が麹町にあると思って出掛けましたが、やはり、名前が言えないから”さる”旦那だったんですね。
 新宿から甲州街道と青梅街道になる新宿通りの起点が皇居の半蔵門です。その前が半蔵門交差点でTOKYO FMと東条会館があります。この通りの両側が麹町で江戸時代麹屋さんが沢山あったからだとも言われています。半蔵門を背中に四谷駅までが細長い麹町で、その右側(北)が番町です。落語「お菊の皿(皿屋敷)」で紹介した舞台で、帯坂がここにあります。また、落語協会・会長三遊亭圓歌師匠が六番町に住んでいます。ここは昔、有島邸があったところで、今は細分化されてその面影はありません。その前には漢方のツムラ本社が立派なたたずまいを見せています。近くには日本テレビが有ります。この辺一帯は静かで落ち着いた街作りを目指しています。
 JR四谷駅前が外堀に面していて、ここに江戸時代、四谷見附がありその石垣と土手が残されています。駅前のロータリーも見附のイメージを取り入れて造られています。駅の近くに上智大学、外堀を渡れば迎賓館が有ります。
 歓楽街ではなく、また、ビジネス街でもない、住宅を中心に落ち着いた町並みが形成された麹町です。

 

地図

  地図をクリックすると大きな地図になります。 

写真

それぞれの写真をクリックすると大きなカラー写真になります。

 髪結い
髪結いの女房お先さんです。三十路の半ば、美人ではないけれども腕も立ちよく働き、けなげな可愛い女です。まだ子供はいません。
(文藝春秋デラックス 日本の笑いより 画;三谷一馬)
 

(港区赤坂8。港区指定文化財)
都区内に残っている厩では唯一の物で、乃木希典旧邸の厩です。彼の住宅は木造平屋建てですが、厩は煉瓦造りの立派な物です。
この立派さが、火事を起こさずにいるのでしょう。
 

四谷見附跡(千代田区JR四谷駅前)
四谷見附は外麹町口、四谷口門、四谷御門とも呼ばれ、寛永13年(1636)長州藩主毛利公によって石垣の工事が始められ、櫓門は寛永16年(1639)四谷口普請奉行室賀源七郎と大岡左衛門正清によって建築された。
 見附とは城外を見張るために設けた番兵の居所という意味であり、江戸城では濠沿いに36ヶ所あったと言われ、枡形形式であった。
 四谷見附は甲府へ至る甲州街道にあり、江戸城の西の玄関口として江戸城防衛の要所であった。当時の見附の写真が残っています。

地下鉄麹町駅千代田区麹町4新宿通り)
麹町は四谷駅から皇居・半蔵門前の新宿通の両側の細長い街です。写真はその中ほどです。
 

半蔵門前(千代田区麹町1丁目新宿通り)
麹町1丁目交差点から皇居方向を覗いています。突き当たりが半蔵門です。
 

半蔵門(千代田区皇居)
新宿通りの突き当たりが、ここ皇居・半蔵門です。
ここから見る国会議事堂方向は素晴らしい和田濠です。
 

                                                             2004年 6月記

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