落語「安兵衛狐」の舞台を歩く

  
 

 古今亭志ん生の噺、「安兵衛狐(やすべいぎつね)」によると。
 

  二軒長屋に偏屈の源兵衛とグズ安またの名を貧乏安兵衛が住んでいた。四軒長屋にはごく普通の江戸っ子が住んでいた。今回は亀戸に萩見物に行く事になった。どうせ誘っても行く事はないが、源兵衛が在宅なので一応誘ったがやはり断られた。本当は萩を見たかったが、墓見に行く事になってしまった源兵衛。谷中の天王寺にふくべを持って、ぶらぶら歩いてきた。
 女性の墓の前で一人酒盛りを始めた。塔婆が倒れてたのでよく見ると墓穴が開いて骨が見えたので、酒をかけて弔って帰ってきた。
 その晩、イイ容姿の女性が訪ねて来た。聞くと天王寺からお礼に来たという。女房代わりに置いてやると、働き者で何でもこなして、朝方帰っていき、夜になるとまた訪ねて来てこまめに働いた。それを聞きつけた隣の安兵衛が訪ねて来て、一部始終を聞いてみると、自分も嫁が欲しくなってきた。
 翌日、安兵衛は天王寺にふくべを持って墓を探し回ったが、適当な墓はなかった。奥に行くと狐取りが罠を仕掛けて狩りをしている。小狐が掛かり不憫に思って、なけなしの1円で買い取り逃がしてやった。夕方になっても適当な墓もなく1円損したと愚痴りながら帰ろうとすると、道で安兵衛さんと声が掛かった。
 お里さんの娘だという。親のお里も死んで、奉公に出たいと探したが分からず、今夜泊まる所もないので、泊めて貰えないだろうかと頼まれた。それはダメだよこんな若い娘さんを連れて行ったら、女房と間違われるからと断ったが、それならそれでイイからと言われ連れて帰る事になった。名前を聞くと”おコン”だと言う。と言う事で、安兵衛は狐を源兵衛は幽霊を女房にしてしまった。

 長屋の連中が二人はおかしな女房を連れていると話題になって、昼間安兵衛のおコンさんの所に出掛けた。おコンさんに貴方は魔性の者ではないかと訪ねると、姿を現し高窓から出ていってしまった。もしかすると安兵衛も狐かも知れないと、おじさんの所に押し掛けていき事情を聞く事になった。
 おじさんは耳が遠くて、言っている事がちぐはぐになって、巧く会話が噛み合わない。大きな声で問いかけると、「安兵衛さんは来ませんかぁ〜?」、「何!安兵衛か?安兵衛はコン」、「あ!おじさんも狐だ」。

 


1.萩寺・龍眼寺(りゅうげんじ)(江東区亀戸3−34)
 
亀戸天神北側墨田区にほど近い所にある龍眼寺・萩寺は元禄6年(1693)、時の住職が萩を植えてから、萩寺として有名になり文人墨客が来遊し句碑も沢山残っています。国文学者、落合直文もその中の一人でした。また江戸の庶民も萩の時期には大勢訪れ花を楽しんだ。

「萩寺の萩面白しつゆの身の おくつきところここに定めむ」  直文

「萩寺の秋の夕暮れ来て見れば 入江町の鐘に露ぞ散りける」    蜀山人

「在の外俗な茶屋あり萩の寺」    一茶

「濡れてゆく人もおかしや雨の萩」    芭蕉

「つき見とも見えず露あり庭の萩」    其角

                      萩寺を描いた浮世絵

 

2.天王寺(てんのうじ)
 
谷中の感応寺(現在名称変更し、護国山天王寺、台東区谷中7−14−8)、元禄12年(1699)幕府の命令で、感応寺は天台宗に改宗した。ついで天保4年(1833)、天王寺と改めた。所在地は同じ。
 日蓮上人はこの地の住人関長耀(せき ながてる)の家に宿泊した折り、自分の像を刻んだ。長耀は草庵を結び、その像を奉安した。天王寺草創期の話で、室町時代、応永(1394〜1427)頃の創建という。落語第36話「御慶」より


3.ふくべ【瓠・瓢】
 
「ひょうたん」の果実で製した器。 ひょうたん【瓢箪】。
 末広がりの形をしたひょうたんは、古来よりとても縁起の良いものとされ、除災招福のお守りや魔除けとして広く用いられてきました。3つ揃えば三拍(瓢)子揃って縁起がよい。6つ揃った「六瓢箪」」は、無病(六瓢)息災のお守りになるとされます。 また、蔓が伸びて果実が鈴なりになる様子から、家運興隆・子孫繁栄のシンボルともされます。
 瓢箪といえば豊臣秀吉を思い出す。秀吉は戦いに勝つ度に馬印の瓢箪を一つ一つ増やし、秀吉の千成瓢箪として有名である。瓢箪は「勝負のツキを呼ぶ」。秀吉があれだけになれたのも瓢箪の霊力によったのかもしれない。
 ひょうたんは乾燥させて中の種を出すと、容器代わりになります。今回は酒を詰めて花(墓)見と洒落ています。

 ひょうたんとは、暑い真夏の夕方に花を咲かせる夕顔(ゆうがお)という花の実を、人為的に面白い形になるよう変種させたものです。夕顔の実は「ふくべ」と呼ばれ、これを細長くひも状に削ったものを乾かしたのが、お寿司のネタにもなっているお馴染みの干瓢(かんぴょう)です。
 江戸時代に栽培され始めたこのふくべは、語呂も当時の人に好まれ、食用の他にも中身をくり抜いて乾燥させ、小物入れや炭入れなどに用いられていました。 産地ではお土産として彩色されて物入れとして売っています。
 


  舞台の萩寺を歩く
 

  江戸時代から萩寺で有名な龍眼寺は亀戸の北部にあります。電車で行けばJR亀戸駅で降りて、亀戸天神を目指しましょう。道が分からなければ商店街で聞けば直ぐ教えてくれます。梅も藤も終わった静かな天神さんで参拝したら、横十間川に沿って北上すれば10分も掛からず着くでしょう。ここは、どういう訳か正面は鍵が掛かって入れません。脇の駐車場側から境内にはいると全て(?)が萩です。花札のあの萩です。萩は雑草のようにモサモサと生えていますので、花がないと間違えそうな植物です(失礼)。境内も整備されて歩きやすくなっていますし、見所を押さえた植栽がなされています。桜のように派手やかな花ではありませんので、毛氈を引いて花見とはいきませんし、檀家さんもある普通のお寺さんですから、騒ぐなどもってのほかでしょう。
 清楚で可憐な”萩”を楽しんで下さい。
 横十間川にそって、この北側には第44話「中村仲蔵」で歩いた柳島妙見様がありますので、足を延ばしてみるのも楽しいかも知れません。 ここから東武線押上駅には5〜6分もあれば行けるでしょう。浅草に出て落語を聞いてもイイでしょうし、その先の上野に出て楽しまれるのもイイでしょう。良ければ近くに落語の席亭「鈴本演芸場」があります。

浮世絵は歌麿の「萩寺・下」です。

 

地図

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写真

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萩寺・龍眼寺(りゅうげんじ)(江東区亀戸3−34)
萩の咲き始めた境内です。まだ淋しい量ですが、9月の半ばになれば見頃になるでしょう。

萩寺・龍眼寺・2
萩のトンネル。満開時には花のトンネルを抜ける事になります。
ここを抜けると、素敵な恋人に巡り会えると言われています (^_-)

萩寺・龍眼寺・3
萩寺は亀戸七福神の布袋様があるお寺さんです。その堂脇に可憐に咲く萩

天王寺(てんのうじ)
前に第36話「御慶」で訪れたお寺です。今日も清楚なたたずまいを見せています。
回りは谷中霊園ですから、好きなお墓を見つけてください。最後の将軍慶喜公の墓もあれば、軍人の墓もあります。毒婦高橋おでんもこの地で眠っています。
中村仲蔵」、「佐々木信濃守 顕発」の墓所もここにあります。

天王寺
山門を入ると、清楚な境内と大仏さんが迎えてくれます。
この奥の方で、狐狩りをしていたなんて信じられません。何故って・・・、この裏はJRの山手線、京浜東北線、新幹線などが走るJRの大動脈だからです。 そして、日暮里駅になります。この北側には道灌山へと続きますので、当時は狐の住まいは沢山あったのでしょう。

                                                        2003年9月記

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