山吹の里

山吹の里の碑(豊島区高田1−18) 面影橋を渡った所にある、「山吹之里碑」。 
 新宿区山吹町から西方の甘泉園(神田川の南側)の一帯を「山吹の里」と通称している。これは道灌が鷹狩りに出掛けて雨に遭い、農家の娘に蓑を借りようとしたエピソードからきている。
 「山吹の里」の場所についてはここ以外にも横浜市六浦、埼玉県越生町、荒川区町屋などとする説もあって一定しないが、伝承内容自体の信憑性が乏しいのはいうまでもない。ただ、対岸の新宿区側一帯は、昭和63年(1988)の発掘調査で確認された中世城館跡(下戸塚遺跡)や鎌倉街道伝承地などが集中しており、交通の要衝地・武士の本拠地だった。
 この碑は橋のたもとにあったが、河川改修工事で現在地に移動した。また、細部を確認すると貞享3年(1636)の供養塔を改ざんしたものであった。(豊島区教育委員会)

 

甘泉園入り口 面影橋の新宿区よりの区立公園(新宿区西早稲田3)。甘泉園公園の中に有る無料庭園。わき出す水を利用して中央に池を配し回遊式の日本庭園としてそのすばらしさを誇っている。ここも「山吹の里」の場所の一部です。

 

「駒繋松」 甘泉園公園の隣にある「水稲荷神社」の境内に立つ、太田道灌が馬を繋いだという松の木。ただし、三代目です。
 水稲荷神社は戸塚稲荷神社また榎稲荷と言われ、文亀元年(1501)上杉朝興を祀る所と言われている。富塚の前に鎮座し、大榎の元に泉が湧き天水を置き日照りにも枯れず、眼病に効能ありといわれた。また、堀部安兵衛が高田馬場で決闘の助太刀をした舞台がこの境内に有ります。

 

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