落語「富士詣り」の舞台を歩く
   

 

 
 三笑亭夢楽の噺、「富士詣り」(ふじまいり)より
 


 先達が一生懸命励まして、富士山を登って来たが、足が棒になったとか、フラフラで歩けないとか言い始めて、休みたいと言う。
 「ホウ!六根清浄」と唱えながら登れば少しは楽になると言ったが、みんなの様子を見れば無理なので、ここで休憩をとる事になった。

 急に周りが暗くなってきた。御幕が下りたといって、雲が出てきたのだが、この中に悪い事をした人間が混じっていると、お山は荒れるな。
 「これは、一行の中に五戒を犯した者がいるから、山の神さまのお怒りに触れたんだ。一人一人懺悔(ざんげ)をしなくちゃいけねぇ」ということになって、一同、天狗に股裂きにされるのがこわくて、次々と今までの悪事を白状しはじめた。

 「俺は偸盗戒(ちゅうとうかい)で、湯へ行った時、自分の下駄が一番汚いので、正目の通った上等なのを履いて帰って来た」。
 この分では、他にも居そうだと声を掛けると、俺だ俺だと威勢の良い声が帰ってきた。

 「俺も偸盗戒ですよ。町内の寿司屋で36個食っちゃったが、勘定というと爺がもうろくしているので23個だと言うので、親爺をひっぱたいて逃げてきた」。
 「この分じゃまだ悪い事して山に来ているのが居そうだ」。見ると、岩の中に頭を突っ込んで、震えているのが居た。こちらを向くと顔も首筋も血の気が失せていた熊だった。

 邪淫戒で、町内の湯屋が始まりであった。「帰ろうと思うと女湯から女が出てきた。い〜ぃ女で、昔からその女が好きだった。人の女房だが『あら、熊さん』と声を掛けてくれた。家まで送りましょうと言って送って行ったら、家の中に亭主野郎がたばこをのんでいた。その日はそこで別れ、2,3日過ぎて家の前を通るとおカミさんが洗濯をしていた。ねいやは体を壊して国に返したので自分で洗っていた。亭主が居ないので、『手が荒れますから』といって、下着まで全部洗濯を済ませ、裏に干しましたよ。家の中を見ると流しの中に洗い物がいっぱい。それを全部洗って、ぬかみそをかき回して、手水場を綺麗に掃除した。カミさん喜んで『アリガトウよ。こちらにお上がりよ。熊さんが一番食べたい物をご馳走するょ』と言うので、お芋の焼いたのを。『何時でも食べられる物でなく、本当に食べたい物は』、お芋の蒸かしたのを。『何か思いつくまで、これをお食べ』と言ってかき餅を焼いてくれた。かき餅の向におカミさんの膝があったので、手を伸ばしてつねった。おカミさんが言ったね『熊さん、冗談にも程があるよ』といって、俺の膝をつねった。俺もつねり返したら、おカミさんもつねり返してきた。・・・結局、今日まで『うん』と言わない」、「町内の女房だと言うが、どこのカミさんなんだ」、
「先達さん、お前のだ」、「この野郎」。

 「わ〜い、大変だ、先達さんこっちに来てくれ」、「どうした」、
「二人が急に青い顔をして、ぶっ倒れてしまった」、「それは山に酔ったんだな」、
「山は酔うものかい」、「酔いもしよう。丁度ここらが五合目だ」。

 


1.富士山

   ≪世界文化遺産・富士山≫

 日本を象徴する国内最高峰の富士山(3776m)が2013年6月、ユネスコの世界文化遺産に登録された。
正式名称は「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」。
 Googleではストリートビューで富士吉田口ルートの、1合目〜山頂までの登山道、吉田口山頂、火口周囲を巡るお鉢巡りルートの風景撮影を公開した。また、その時の撮影風景が下記。

 

 Googleストリートビューから、富士山頂の一歩手前(上)と、山頂風景(下)。

  Googleストリートビューから、 五合目山小屋跡。霧が下からわき上がってきます(上)。ここで懺悔をしないと・・・。早々に背中方向(下)から六合目の山小屋に向かいます。


飾北斎 冨嶽三十六景「凱風快晴」。 早朝の赤富士、お山は何時もこの様な顔でいて欲しい。

■富士山は、標高3,776 m、日本最高峰(剣ヶ峰)の独立峰で、その優美な風貌は日本国内のみならず日本国外でも日本の象徴として広く知られている。数多くの芸術作品の題材とされ、芸術面でも大きな影響を与えた。懸垂曲線の山容を有した玄武岩質成層火山で構成され、その山体は駿河湾の海岸まで及ぶ。 古来より霊峰とされ、特に浅間大神が鎮座するとされた山頂部は神聖視された。噴火を沈静化するため律令国家により浅間神社が祭祀され、浅間信仰が確立された。また、富士山修験道の開祖とされる富士上人により修験道の側面が築かれ、登拝が行われるようになった。これら富士信仰は時代により多様化し、村山修験や富士講といった一派を形成するに至った。
 富士山は活火山で過去2000年間に少なくとも43回、噴火したという。最後に富士山が噴火したのは宝永4年(1707)の宝永大噴火で、噴煙は成層圏まで到達し、江戸では約4cmの火山灰が降り積もった。この時出来たのが宝永山(2693m)です。

 昔話には、富士山は一夜にして出来た。その時、琵琶湖の地が沈んで、琵琶湖になったという。

 富士は古くから修験道の聖地で、一般人の入山は固く禁じられていましたが、室町後期から民間でも富士信仰が盛んになり、男子に限り、一定の解禁期間のみ登山を許されるようになりました。
 江戸時代には「富士講」と呼ばれる信者の講中が組織され、山開きの旧暦六月一日から七月二十六日まで約二ヶ月間、頂上の富士浅間神社参拝の名目で登山が許可されました。あくまで信仰が目的で、命がけの神聖な行事なので、落語「大山詣り」のようなリクリェーション、物見遊山半分とはわけが違い、五戒(妄語戒、殺生戒、偸盗戒、邪淫戒、飲酒戒)を保つのは当然であった。


 葛飾北斎 冨嶽三十六景「山下白雨」。 晴れた富士の麓では、暗くなり稲妻が走り天狗が来そうです。

 江戸中期になると、開祖角行から数えて六代目の食行身禄や村上光清らが登場し、富士講はいよいよ活性化しました。身禄の説くところは、財産や富貴は仮のもので、永遠ではないという思想に貫かれ、その教えは厳しい修行によってのみ体得できるとしました。この身禄の生き方と思想は最初こそ人々の反発を招きますが、しだいに庶民の共感を得、信者を増やしていきました。
 そして身禄は、享保18年(1733)、富士山7合目の烏帽子岩で断食入定、即身仏となって自己の信仰を貫きました。以来富士講の信者は大いに増え、江戸末期には「江戸八百八講」といわれるほどの講集団の盛況を見ました。 要は、自分たちの街には必ず富士講があった。


 葛飾北斎 冨嶽三十六景「諸人登山」。 谷からは白雲が立ち上り、白衣を着て「六根清浄」を唱え、登拝する人々。

現在の富士山が望めます。「ライブカメラ富士山ビュー 」、静岡県が提供しています。

■富士山本宮浅間大社(本宮:静岡県富士宮市宮町1-1)、全国に約1,300社ある浅間神社の総本社。「富士山−信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一部として世界文化遺産に登録されている。

 


2.都内にある浅間神社
 富士登山は大変な事で、往復1週間を掛け、精進潔斎し、それこそ一生に何度もないというほどの山行きです。山伏でもない一般市民が、近代的登山装備もなく、富士山に登ろうというのですから、大変です。そこで、江戸にいながら簡便に、危険も金も時間も要らず、富士登山の疑似体験をしたいという熱望に応え、作られたのが100ヶ所以上の富士塚。
 お富士さんと呼ばれたこの富士塚、高いものでも「標高」わずか10m程度ながら、どうして、形は本格的な「ミニチュア」でした。頂上には当然、富士浅間神社を勧請。本物の富士から溶岩を運んで築き、つづれ折りの「登山道」までこしらえる凝りようでした。
 富士開きの旧暦六月一日に同時に解禁。富士講の連中が本物に登れないとき、富士塚に「代参」で済ませることも多く、登山のしきたりは「女人禁制」を含め、本物とほとんど同じ建前でした。
 右図;江戸名所百景「目黒新富士」 広重画
典型的な富士塚で、バックに本物の富士山が見えます。現在の目黒区中目黒2丁目 別所坂付近、落語「目黒のさんま」の舞台です。

■<富士塚一覧表 - Hi-HO>さんによると都内には以下の富士塚があると言います。 

No. 
名称
所在地
住所
比高
歩数
1
神田柳森富士
柳森稲荷神社 千代田区神田須田町 2-25
-1.5
×
 2
鉄砲洲富士
築地鉄砲洲稲荷神社 中央区湊 1-6-7
5.4
30
3
東大久保富士 西向天神社(旧東大久保2) 新宿区新宿 6-21-1(6-17)
8
80
4
成子富士
成子天神社 新宿区西新宿 8-14-10
10
60
5
上落合富士
月見岡八幡神社 新宿区上落合 1-29-16
4
28
6
富塚富士
水稲荷神社 新宿区西早稲田 3-5-43
2.5
15
7
新宿富士
花園神社 新宿区新宿 5-17-3
1.5
8
8
音羽富士
護国寺 文京区大塚 5-40-1
6
80
9
駒込富士
駒込富士神社 文京区本駒込 5-7-20
4〜5
25
10
白山富士
白山神社内 文京区白山 5-31-26
3.5
36
11
身禄行者の墓
海蔵寺 文京区向丘 2-25-10
5
×
12
下谷坂本富士 小野照崎神社 台東区下谷 2-13-14
5
88
13
浅草富士
富士神社 台東区浅草 5-3-2
1.5
9
14
  個人私有地 墨田区押上 3-49
1.5
 
15
砂町富士
元八幡神社 江東区南砂 7-14
10
45
16
本所富士
亀戸淺間神社 江東区亀戸 9-15-7
1.5
12
17
品川富士
品川神社 品川区北品川 3-7-15
10
65
18
  居木神社 品川区大崎 3-8
4
25
19
目黒富士
上目黒氷川神社 目黒区大橋 2-16-21
10
65
20
羽田富士
羽田品川神社 大田区本羽田 3-9-12
4
20
21
多摩川富士
多摩川浅間神社 大田区田園調布 1-55
10
66
22
穴守富士
穴森稲荷社 大田区羽田 5-2-7
3
25
23
松原富士
扶桑教本庁 世田谷区松原 1-7
2
12
24
  森巌寺 世田谷区代沢 3-27-1
10
×
25
千駄ヶ谷富士
鳩森八幡神社 渋谷区千駄ヶ谷 1-1-24
6
30
26
中里富士
八坂神社 練馬区大泉町 1-19
12
105
27
下練馬富士
浅間神社 (富士神社) 練馬区北町 2-41-2
6
60
28
北町富士
氷川神社 練馬区北町 8-22-1
3
×
29
江古田富士
茅原浅間神社 練馬区小竹町 1-59-6
8
×
30
丸山講富士塚
個人私有地 練馬区春日町 3-19-19
3
18
31
長崎富士
富士浅間神社 豊島区高松 2-9-14
8
×
32
池袋富士
氷川神社 豊島区池袋本町 3-14-1
5
×
33
上大塚富士
氷川神社 板橋区赤塚 4-22-1
3
35
34
下赤塚富士
諏訪神社付属地 板橋区大門 11-1 (5)
6
50
35
板橋氷川富士
氷川神社 板橋区氷川町 21-8
2
20
36
十条富士
富士神社 北区中十条 2-14-18
6
36
37
田端富士
田端八幡神社 北区田端 2-7-2
4.5
26
38
南千住富士
天王素盞雄神社 荒川区南千住 6-60-1
4
×
39
白髭富士
石浜神社 荒川区南千住 3-38
3
×
40
千住宮元富士
千住神社 足立区千住宮元町 24-1
4
×
41
大川富士 大川町氷川神社 足立区千住大川町 12-3
3
20
42
千住柳原富士
柳原稲荷神社 足立区千住柳原 2-38-1
2
×
43
五反野富士
西宮稲荷神社 足立区足立 3-28-16
3〜4
×
44
保木間富士
保木間氷川神社 足立区西保木間 1-11-4
4
×
45
花又富士
花畑淺間神社 足立区花畑 5-10-1
4
20
46
綾瀬富士
綾瀬稲荷神社 足立区綾瀬 4-9-9
3〜4
×
47
島根富士
鷲神社 足立区島根 4-25-1
2
10
48
  宮城氷川神社 足立区宮城 1-38-6
2.5
8
49
飯塚富士
浅間神社跡(旧水元飯塚町) 葛飾区南水元 2-1-1
8
48
50
葛西金町富士
葛西神社 葛飾区東金町 6-10-5
2.5
18
51
立石富士
熊野神社 葛飾区立石 8-44-31
1.5
12
52
  八幡神社 葛飾区鎌倉 4-15-24
1.4
  6
53
平井の富士
諏訪神社 江戸川区平井 6-17-36
1.5
10
54
逆井の富士
淺間神社 江戸川区平井 3-1-19
3
21
55
上鎌田の富士
天祖神社(篠崎富士) 江戸川区南篠崎町 2-120
1.5
18
56
下鎌田の富士
豊田神社 江戸川区東瑞江 2-5-3
3
10
57
今井の富士
香取神社 江戸川区江戸川 3-44-8
3
12
58
船堀の富士
日枝神社 江戸川区船堀 6-7-23
2
18
59
桑川の富士
桑川神社(旧桑川町) 江戸川区東葛西 1-23-19
2.5
16
60
長島の富士
香取神社(旧長島町) 江戸川区東葛西 2-34-20
3
18
61
雷富士
真蔵院 江戸川区東葛西 4-38-11
1.5
3
62
中割の富士
天祖神社 江戸川区東葛西 7-17
4
16
63
安養寺の富士
安養寺 江戸川区平井 6-53-1
2.5
×
64
小岩富士山
小岩神社 江戸川区東小岩 6-15
1.5
15
65
篠崎
淺間神社 江戸川区上篠崎 1-23
4
30

* 過去にあったが現存しないものや、1m以下のものは表から削除しました。それでも有りますね。

* 現在、江古田(練馬区)、豊島長崎(豊島区高松)、下谷坂本(台東区)、木曽呂(埼玉県川口市)の4基の富士塚が重要有形民俗文化財に指定されています。

*駒込・富士神社(文京区本駒込5−7)の写真は187話「羽団扇」にあります。
また、浅間神社(通称お富士さん、台東区浅草5−3)、下谷坂本の富士塚(下谷小野照崎神社内、台東区下谷2−13)の写真は56話「心眼」にあります。
柳森富士塚(柳森神社、千代田区神田須田町2−25)は270話「五月雨坊主」にあります。

 

3.言葉
■富士詣りの服装
;白衣に身を包んで、金剛杖を持って登った。1955年(昭和30年)頃の装束。つい最近までの装束。江戸東京博物館蔵

■五戒(ごかい);在家の守るべき五種の禁戒。
妄語戒(もうごかい)=ウソを付いたり人を騙したりすること。
偸盗戒
(ちゅうとうかい)=人の物を盗んだり取ったりすること。
殺生戒
(せっしょうかい)=殺生して山に登ってはいけない。
飲酒戒
(おんじゅかい)=酒を飲んで山に登ってはいけない。
邪淫戒(じゃいんかい)=女を騙したり泣かしたこと。連れ合い以外と交渉を持つこと。

先達(せんだつ);修験者の峰入りなどの先導者。案内者。指導者。富士講のリーダー。

六根清浄(ろっこんしょうじょう);山参りの行者、寒参りする者などの唱える語。六根(六つの感官、すなわち眼・耳・鼻・舌・身・意)が福徳によって清らかになること。

懺悔(ざんげ);罪悪を自覚し、これを告白し悔い改めること。

山に酔った;高山病のひとつの症状。高山に登った際、気圧の低下、酸素の欠乏のために起る症状。心悸亢進(シンキコウシン=精神的興奮・熱病・運動・過労・心臓病などによって、心臓の搏動が速く強くなること。)・顔面潮紅・鼻血・悪心・嘔吐・耳鳴り・難聴、さらに意識障害などを呈する。山岳病。

五合目(ごごうめ);麓から数えて、頂上を十合とした五合目。富士山の五合目は約2400m地点ですが、現在はその地点まで車で行けますので、そこから登山と言うことになります。酒で言う悪酔いの始まる酒量。
 合目は登山の難易度により、頂上までを十に分割、登山の目安にしたものだと言われています。しかし,昔の登山は修行であり、合目は単に目安と言うだけではなく、安置された仏像を拝んだり頂上を拝んだりする場所としての意味もあったのではないかと考えられます。
 合目という言葉の起こりにも諸説があります。「山の形が穀物を盛った形に似ているので、穀物の量目合を用いた」、「出水時の水量を九合五勺の出水と言うように、古くから物事を十分割して合勺で量目を計るのに準じた」、「富士山は、昔山中に多くの仏像を祀った仏教の山であり、山に登る苦難を人間の生死転変に例えて仏教の単位劫にあてた」、「登山の時に灯火に用いた油の量目合による」などと言われていますが定説はありません。
 麓の方は距離が有り、頂上に行くにしたがい距離が縮まります。図面上で等分にしたのでは無く、実際の疲労度に比例します。十合目は頂上で、十合目と言う言い方はあまりしません。




  舞台の富士を歩く


 ユネスコの世界文化遺産に、正式名称「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」で今年登録されました。
 その影響でしょうね、例年にも増して登山客が多いのです。頂上付近は渋滞して信号待ちの状態が続いています。ま、信号待ちはありませんが、その人気は大変なものです。また、その周辺の道路、観光地もまた大変な混みようです。現在、富士登山は麓の1合目から登り始める人は滅多に居ません。登りはじめは5合目の駐車場からで、ここで、登山の服装、装備と食料を持って登り始めます。しかし今年は登山客が多いので、その下の駐車場に車を止めて、5合目までバスやタクシーで登ります。この5合目は霧がよく立ちこめ、下から足で登って来たら、一休みしたくもなりますし、山に酔う登山客も出始める頃です。
 ちなみに、下界では真夏でも、頂上の平均気温は5−6度で、冷蔵庫の中と同じ温度です。また気圧が地上の2/3位低いので、水の沸点は87度位です。ですから、カップ麺は旨くないでしょうし、ご飯は圧力鍋が無いと旨いご飯にはありつけません。気圧が低いと言うことは、酸素もその分少ないので、体調を壊しやすくなります。
 小学生の子供を連れて登頂したとき、最初の言葉が「寒い」、上着を着せて落ち着いたら「お土産買って」です。満足したら「もう、帰ろうよ」。子供には景色も日本一もガレキの山頂では精神論も役立ちません。

 今年は富士山に近づくこともはばかれるので、都内の富士塚を訪ねます。今までの落語の舞台を歩くでも、知らずに富士塚を見ていたことが分かります。駒込・富士神社(文京区本駒込5−7)は「羽団扇」で、また、浅間神社(通称お富士さん、台東区浅草5−3)、下谷坂本の富士塚(下谷小野照崎神社内、台東区下谷2−13)は「心眼」で歩いています。柳森富士塚(柳森神社、千代田区神田須田町2−25)は「五月雨坊主」で同じく歩いています。

 都内の富士塚も大きさ、形、高さが千差万別、それ以上に現在は人気が無く、補修もままならないようです。立入禁止のところが多く、東京で登頂を目指すのはなかなか大変です。富士塚の人気も昭和の中頃までで、交通手段が完備して、誰でも当日には登り始めることが出来ると、実物を目指すのが本来の姿ですから、富士塚もその人気に陰りが出てしまいます。
 手が届かない願望の裏返しに作られた小高い山ですから、手が届くようになると、どうしても目が、本物に向いてしまいます。

 江戸には富士見町や、富士見坂が多くありますが、現在は高い建物に遮られて、見ることも出来なくなってしまいました。でも高い所に登ると、天気が良ければ今でも富士が望めます。そうそう、富士塚は富士山のミニチュアだけでなく、この頂上に立つと本物が望めるという楽しみもありました。現在の東京タワーや東京SkyTreeも同じ事で、展望台に立つと真っ先に富士山を探すのは私だけでは無いと思います。


地図

  地図をクリックすると大きな地図になります。 Googleマップより

写真

それぞれの写真をクリックすると大きな写真になります。

富士山の美形
 静岡県が提供している、ライブカメラ富士山ビュー 」 より抜粋

東京・夢の島より見る富士山
 東京湾岸部から見える富士山に夕陽が落ちた瞬間。
 2008.02.14. 17:16

神奈川県厚木より見る富士山
 頂上に落ちる夕陽。
 2012.02.10. 17:16

山中湖から見る富士山
 早朝を除くと、昼間の夏富士山は雲に覆われ、頂上部が見えるのはまれです。5合目は完全に雲の中。見るだけなら、やはり富士山は冬に限る。
 2006.07.14. 16:13

薩埵峠(さったとうげ)からの夕景
 コンテスト用写真
当然私の作品ではありません。
静岡市清水区在住の HN/えふ5.6さんの作品
http://blogs.dion.ne.jp/imap/archives/4612438.html 
 2006.11.25 17:02
 

富士山頂・登山手形
 頂上でお土産として購入した物。杖も一緒に購入したのですが、何処にいったやら。 

千駄ヶ谷富士塚(鳩森八幡、渋谷区千駄ヶ谷1−1)
 高さ6m位の大きな富士塚です。春には梅が綺麗なお宮さんです。

鉄砲洲富士塚(鉄砲洲稲荷神社、中央区湊1−6)
 本殿の右奥に有り、境内の角に岩が積まれ、山を形成しています。

 

砂町富士塚(元八幡神社、江東区南砂7−14)
 富士の廻りに多くの石碑や講元の碑が並んでいます。参道から入ると正面に本殿が有り、その後ろ側に富士塚があります。

 

亀戸富士塚(浅間神社、江東区亀戸9−15)
 底部の敷地は大きいのですが、皿を伏せたような形状で、登山禁止の立て札は何処にも有りません。頂上が平らで広く石碑が一つ乗っています。公園の延長線上にこの山はありますから、説明板を読んでいない人や子供達は安全で格好な小山です。

                                                                  2013年9月記

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