落語「普段の袴」の舞台を歩く
   

 

 五代目柳家小さんの噺、「普段の袴」(ふだんのはかま)
 

 付け焼き刃は剥げやすい。人の真似はおうおうにして間違えるものです。
 上野広小路の御成街道には、お侍相手の武具店が多くあった。そのうちの一軒に、細身の大小、羽織袴(はおり_はかま)、白足袋に雪駄(せった)履き、白扇をにぎった人品の良い侍が立ちよる。店の主人がもてなそうとすると「いや、今日は墓参の帰りじゃ。供の者にはぐれたのでここで待たせて貰おう」と店先の床机に腰をかけ、しばしの休息。腰からタバコ入れを取り出し、銀無垢の煙管(きせる)に上等なタバコを詰めて一服。
 店に出してある鶴の絵に目を留め「これは良い絵じゃ」、店の主人は「お目が高い。落款はありませんが、これは文晁(ぶんちょう)の作だと思います」、「文晁でなければ、かような絵は描けまい。文晁は名人だ」。煙管の手入れが良く、感じたはずみで火玉が飛んで袴へ落ちた。主人が「お袴が焦げます」と心配すると、侍はあせらず「なあに、これはいささか普段の袴だ」とおうようなもの。そこに連れの者が現れ連れ立って帰って行った。

  この一部始終を見ていた落語国の愛すべき軽い男。自分も同じ事がしたくなり、長屋の大家に袴を借りにいく。大家から「袴が必要なら祝儀か不祝儀か、どっちなんだ」、「そうなんです。むこうから祝儀が来て、こっちから不祝儀が来てぶつかって・・・喧嘩になって仲裁をしている。仲人(ちゅうにん)だから袴が必要」と解らない答え。それでもヒダも無いぼろぼろの袴を借りると、印半纏に袴という不思議な格好で、先程の店へ。
 職人言葉と武士言葉がデタラメに混ざった話し方で、先程の武士と同じ挨拶をして、店の主人が不審がるのを、むりやり床机に腰掛けた。汚い煙管を出して、粉ばかりになったタバコを詰めて吸い始めた。「これは結構な鶴の絵じゃなあ」、「はい文晁かと存じます」、「ブンチョウ?いや鶴だろう」と答え、笑われる。やがて、侍の真似をして煙管の火玉を吹き上げようとしたが、ヤニが詰まって飛び出さない。思いっ切り吹くと火玉がキリキリッと飛び出し脳天に落ちた。「親方、これはいけません。頭に火玉が落ちました」、「なあに、心配するな。普段の頭だ」。

 


1.上野広小路
  

 広重画「名所江戸百景」より、 左;下谷広小路、右;上野山した。 部分
 左画、手前の商家「いとう松坂屋」は、現在の松坂屋。大通りが御成街道で、突き当たりが上野山下、寛永寺がある上野の山です。寛永寺の部分は薄雲が立ちこめぼかしてあります。
 右図、御成街道の突き当たりの景色。右側の茶屋は伊勢屋という飯屋で、暖簾に「しそめし」と染め抜かれている。しそめしは梅漬けのしそを乾燥させ粉末にした物を、温かいご飯に混ぜ込ん食するもの。
 左側の鳥居が見える神社は五條天神社で、現在上野公園西側に遷座している。当地にあったときは五條天神門前という町名になり賑わった。
 どちらの図も、通りには同じ傘を差した参拝のための一団が描かれている。

御成街道(おなりかいどう);上野寛永寺の南門にあった黒門から南に松坂屋前までが、火除け地として道が広く取られていたので、下谷(上野)広小路と言った。
 この広小路から南に江戸中心街(日本橋)に入っていく道を御成街道と言った。将軍が御成になる道だったから、このように呼ばれた。

上野の山;寛永寺境内は不忍池(しのばずのいけ)を含め全山が寺領であった。将軍墓所が有り大名達もこの境内に寺を築き宿坊の役目を果たしていた。その為、豪奢な建物が集中し江戸っ子は勿論地方からも見物人が多数参拝に訪れた。
 残念ながら、上野戦争(落語「お富の貞操」)のため社殿は焼失してしまい、現在の公園になった。

 右図;広重画「名所江戸百景」より、上野清水堂・不忍池。
 清水堂は幸いにも焼失から免れて当時の面影を現在に残した。清水堂の舞台から眺める景色は素晴らしかったが、現在は冬の枯れ木の時以外、木が生い茂り不忍池を見渡すことは出来ない。
 落語「崇徳院」や「長屋の花見」で歩いたところです。

 

2.谷文晁 (たにぶんちょう)
 1763‐1840年(宝暦13‐天保11) 。江戸後期の画家。江戸下谷根岸に生まれ、通称文五郎。写山楼,画学斎などの号がある。父は田安家の家臣で,詩人としても名のあった谷麓谷。10歳のころから狩野派の加藤文麗に絵を学ぶが,19歳のころ,南蘋(なんぴん)派の渡辺玄対に師事した。1788年(天明8)田安徳川家に出仕して五人扶持となり,同年長崎に遊学して清人張秋谷に文人画を学んだ。92年(寛政4)には白河侯松平定信付となり,翌年3月から4月にかけ定信の江戸湾岸巡視に随従して《公余探勝図》を制作した。(世界大百科事典 第2版より)
 江戸南画の大成者であり、その画業は上方の円山応挙、狩野探幽とともに「徳川時代の三大家」に数えられる。文晁は100幅あったら全部が偽物といわれるくらい人気があります。
 谷文晁像 遠坂文雍

文鳥;スズメ目カエデチョウ科の鳥。小形で、スズメよりやや大きい。頭は黒く、背面青灰色で、上尾筒・尾は黒色。頬に白色の大きな紋があり、下面は白い。嘴(クチバシ)は太く脚と共に淡紅色。原産地はジャワ・スマトラ・マレー地方。観賞用として飼養。全身白色のものもいる。(広辞苑)

 

3.言葉
■落語国の愛すべき軽い男
;毎回出てくる愛すべきこの男は「時蕎麦」でしくじったあの男でしょうか。

■羽織袴、白足袋に雪駄履き、白扇;武士の普段の正装。印半纏に袴姿はあり得ない服装感覚。

床机(しょうぎ);庭や露地に置いて夕涼み等に使う細長い腰掛。また、上に緋毛氈などを敷いて茶店や商店の店先などで使う広い台。

銀無垢(ぎんむく);混ぜ物が無い銀だけで作られたもの。ここでは純銀製の煙管。

祝儀不祝儀(しゅうぎ ぶしゅうぎ);祝いの儀式か、不吉な出来事。婚礼に対して葬式。どちらにしても服装はあらたまって出掛けるのが礼儀。

印半纏(しるしばんてん);襟・背・腰回りなどに屋号・氏名などの標識を染め抜いた半纏。主に木綿製。職人の間で用い、また、雇主が使用人や出入りの者に支給して着用させる揃いの法被(ハツピ)。広辞苑




  舞台の上野を歩く


 今年は寒さが厳しかったせいか、3月下旬にはまだソメイヨシノはつぼみが堅く開花していない。上野公園のお花見の場所には既にいつ開花しても良いように、準備が整っています。その堅いつぼみの下で、待ちきれないお花見客が陣を張って宴たけなわです。ソメイヨシノに混じって、大寒桜が満開ですが、お花見するほど木がありません。後1週間後には開花宣言が出るでしょう。

 上野の山は公園になっていますが、江戸時代は寛永寺の寺領でしたので、お花見は出来たのですが騒ぐことは出来ませんでした。また、御成街道に出てきて供の者とはぐれた侍は寛永寺に参拝に行ったのか、東に回り込んで広徳寺に参拝したのか分かりませんが、ここらには大きなお寺さんが密集していました。落語ではありませんが、何処かお好きなところをお見立て下さい。

 上野公園から下りた所の公園入口には早咲きの大寒桜が満開になっています。左手を南に向かう大通りが、舞台の御成街道で、現在の中央通り。北側には上野駅が有り、ガードをくぐって昭和通りに出ます。真横の三角形の敷地に建つヨドバシカメラは五條天神社の跡地です。その記念碑が裏側のアメ横商店街に面して建っています。広重描く「上野山した」にその鳥居が描かれています。
 ここから南に広小路ですから、その街道に面した所に武具屋さんは有ったのでしょう。
 表通りには洋品のアブアブ、寄席の鈴本演芸場、p_漬けの酒悦、広小路交差点には寄席のお江戸広小路亭、向かいには松坂屋と、名店が並び、その間には食べ物屋さんや銀行、証券会社が雑然と並んでいます。

 どこにも洒落た道具屋さんは有りませんでした。が、ここから南に歩いて行くと、骨董を扱う道具屋さんは何軒か有りますが、武具屋さんは有りません。


地図

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写真

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清水堂(上野公園内)
 上野公園の中では上野戦争で焼けなかったため一番古い建物になっています。最近お化粧直しをしましたので綺麗になりました。堂の左側が舞台になっていて景色を楽しむことが出来、坂を下ると下には不忍池があります。

上野公園入口(南口)
 西郷さんの銅像がある公園の高台から南の入口を見ています。早咲きの大寒桜が花を付けて、これからのお花見に景気を付けています。
 その先が御成街道(中央通り)で正面の白い建物が松坂屋。

五條天神(上野公園内)
 公園の左側には不忍池が有り、そこから山に登ってくる道の中程に天神社があります。ここにも大寒桜が咲いていて、友人同士カメラを向け合っています。

五條天神跡(台東区上野四丁目11ヨドバシカメラ)
 不忍池南(不忍通り)から出てきて上野駅(北)方向を見ています。右側奥の8階建ての建物がヨドバシカメラで、その地に上記五條天神がありました。
 本文中の広重画「上野山した」に対応した画像になっています。

御成街道(現・中央通り)
 正面奥に見える白っぽい建物が松坂屋。上記と同じ所から中央通りの南を見ています。現在でも広小路です。

御成街道(中央通り松坂屋前)
 本文中の広重画「下谷広小路」に対応した写真。手前右に松坂屋、その奥突き当たりに上野の山。現在は人の流れではなく、車の流れが街道を埋めています。

                                                                  2012年4月記

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