落語「鼻利き長兵衛」の舞台を歩く
   

 

 入船亭扇橋の噺、「鼻利き長兵衛」(はなききちょうべい)によると。
 

 六さんと珍しく仲間3人揃ったので、一杯やるかと相談したが、今は飲めないと言う。本当は飲みたいのだが、身体のせいでも、禁酒したのでもない。町内に長兵衛が居て、鼻利きなのでどこで飲んでいても嗅ぎ付けて、席に押し掛けてくる。飲むだけならイイが、下品で酒が不味くなってしまう。それならと蔵の中で飲んでいると、やはり見付かり、風上なら臭わないだろうと団扇で扇ぎながら飲んだが、風邪を引いてしまった。
 なら、郊外の王子で飲むなら離れているから大丈夫だろうと言う事になった。

 それならと、六さんが三味線が弾ける横丁の清元の女師匠を迎えに行った。留めさん辰つぁんの前に、かかぁ孝行の甚兵衛さんが通りかかった。甚兵衛さんは奥さん自慢で、ある時美女が通るので綺麗だなと言うと、しげしげと見ていて、「人それぞれですが、家の女房の方が綺麗です」と言うぐらいの男であった。幇間がわりに連れて行くが、芸は出来ない、飲めば寝てしまうが、女房のノロケが面白いという。どこに行っていたかと聞けば、湯文字を買ってきたという。いくら女房孝行でも、それぐらいは女の仕事だと言うと、女房は臨月で辛そうにしているので、替わりに買ってきたという。でもまだ日があるので、お付き合いしたいが、女房の許しを得てくると言いながら、延々とノロケを言い始めた。

 3人組と師匠と甚兵衛さんの5人組で昼間っから王子に出かけた。
 女将に一言「鼻の頭が赤い長兵衛という男が来るかも知れないが、居ないと断ってくれ」と釘を差しておいた。

 ところが、十里四方はかぎ分けるという、長兵衛に嗅ぎ付けられてしまい、王子の座敷におしかけられてしまった。
 甚兵衛さんは昼酒が効いて横になっていた。田楽も酒も旨いからと、やっていると、お姉さんが上がってきて「鼻の頭の赤い方が来て、一辺は断ったのですが、甚兵衛さんの奥様が井戸端で転んで赤子が出てしまった。長屋は大騒動になって、俺が『嗅ぎ出してやる』と言って、ここに来た」との伝言。甚兵衛さんを起こし、その話をすると、気を失ってしまった。長兵衛が来たのは良かったのか悪かったのか複雑な心境であった。
 駆け出してきたという長兵衛はグイグイと酒を流し込んだ。甚兵衛さんの奥さんの事を聞くと全て嘘だと解った。ただ飲みたさに嘘を吐いたという。
「この田楽がいけない、ミソをつけてしまった」。そんな愚痴を言わないで、
「長兵衛が来たんだ、心配する事はない。この店だって益々長兵衛(商売)繁盛」。
 


 
1.王子(おおじ)
  長兵衛は臭うぞ、上野方向だがもっと遠い。日暮里か、田端か、もっと遠方の王子だ。と言っています。
 上野、王子駅は開業が早く明治16年(1883)7月に開業しています。田端が明治29年(1896)で、日暮里が明治38年(1905)の開業ですから、この噺の年代は明治38年4月以降の舞台と分かります。
 駅名でなく地名だとすれば、もっと前に遡り、明治の初め頃までになります。江戸まで遡ると王子、田端は地名としてありましたが、日暮里はありません。日暮里は俗に”ひぐらしのさと”と呼ばれていました。
 私、腰が重い人間から見れば、2時間以上かけて歩いて行くのであれば、やはり電車で15分前後で行くのが普通かも知れませんし、酔っぱらって歩いて帰るのは地獄です。皆様は如何でしょうか。

 王子は東京23区の北端北区にあり、その先は埼玉県になります。風光明媚で音無川の渓谷や王子稲荷や名主の滝、王子神社があり、音無川を挟んで飛鳥山があって、桜の名所として名が通っています。「王子の狐」では料亭扇屋、「花見の仇討ち」では飛鳥山、「権兵衛狸」では狸を探しに王子まで出掛けています。ぜひ、そちらでも王子の良さを味わってください。
 江戸時代、王子で飲食できる有名料亭と言えば、料理番付で有名な海老屋、扇屋があった。それらの料理屋ができるまえは、「王子の茶店は菜めし田楽のみにて、青魚に三葉芹の平皿にもりたるのみ」であった状態が、文化年間(1804〜18)になると、「今は海老屋、扇屋などといふ料理茶屋出来て、其余の茶屋も其風を学ぶ事となりぬ」(大田南畝)というように、料理にも工夫がこらされていきました。

 広重「不動滝」  広重「音無川堰たい」

左;「名所江戸百景 不動の滝」 歌川広重画 音無川沿いの正受院前にありました。
右;「名所江戸百景 王子音無川堰(えん)たい(棣の木偏が土偏)世俗大瀧ト唱」 歌川広重画 王子神社下辺りだと言われます。

 

2.鼻利き
 犬の臭覚は動物の中でも一級品だと言われています。人間に比べ鼻筋が長いぶん鼻腔表面積が広く鼻腔内には1〜2億個の臭覚細胞が有ると言われています。人間に500万個の細胞があるのとは桁違いです。我々人間の数万倍から数百万倍の臭覚があるといわれます。特に肉や脂に対しては敏感です。その特性を利用して各方面で人間に貢献しています。

 長兵衛さんの臭覚範囲は十里四方だと公言していますから、40km内だったら嗅ぎ分けられるのでしょう。
 東京神田から見て、ざっと、南は横浜の先、西は八王子、上って川越、北で久喜、幸手、北東に向かって取手、東に佐倉、南に行って木更津南が大まかな範囲です。そこまでの広い範囲からすれば、王子は目と鼻の先です。長兵衛さんは、特に酒の匂いには敏感だったようです。
 長兵衛さんの住まいが仮に神田とすれば王子まで約8km強です。それが分かるなんて、犬以上で、赤子の手をねじるようなものです。長兵衛さんの管理区域内の、それも足元でした。
 どうせ飲むなら、箱根・熱海、大月・甲府、日光・鬼怒川、水戸・銚子・館山は如何でしょうか。それより自宅で飲んで、来たら「いやだ!」と一言はっきり言えば事が済むのになぁ〜。
 長兵衛さん、この特技を利用すれば、様々な犬以上に社会に貢献できるのに、品性が悪い為、みんなから嫌われ者扱いです。品性が良くなれば、犬には出来ない失せ物発見や、行方不明者の発見や、犬でも出来るという病気早期発見、捜査上の指名手配犯人発見も出来るかも知れません。長屋住まいではなく、屋敷住まいが可能になってきます。ガンバレ長兵衛!

 前々回の「鼻利き源兵衛」の源兵衛さんは臭覚は普通並で、はったりと度胸と運で幸運を掴んだのと違い、長兵衛さんは正真正銘の臭覚チャンピオンですが、運は掴んでいません。
 どちらの題名もホント良く似ています。中身はまるっきり違いますので、ごちゃ混ぜにしないようにお願いします。

 

3.言葉
井戸井戸端;江戸の中心街には玉川上水と神田上水によって給水され、玉川上水の方は四谷の大木戸から暗渠で江戸中心地に送られ、神田上水の場合は、関口町からお茶の水まで引っ張ってきて水道橋で神田川を渡した。どちらも地中のトヨで給水され、井戸に水を溜めくみ上げて使った。井戸に見えるものは、掘り抜き井戸ではなく、水道水を溜める井戸です。江戸っ子は「水道水で産湯を使った」と自慢するのはここから来ています。この井戸脇を井戸端と言い、調理や洗濯にいそしみ、うわさ話も出て、井戸端会議という言葉が出来ました。
 このシステムが無かった地域は、水屋が水を天秤棒に下げて、各戸に売り歩いた。
 この水屋のシステムは明治の31年(1898)淀橋浄水場(新宿区、新宿駅西口前)が完成し、東京の近代水道の幕開けまで続きました。幕開けで、これからが本番に入るのです。
 詳しくは、第74話落語「水屋の富」をご覧下さい。
 写真;深川江戸資料館「長屋の共同井戸」

田楽(でんがく);田楽豆腐の略。形が、田楽を演ずる芸能者、多く僧形であったその田楽法師の高足(コウソク)に乗って踊るさまに似るからいう。豆腐を長方形に切って串にさし、味噌を塗って火にあぶった料理。
 春には、山椒の芽を味噌にすりまぜて豆腐に塗り、火にあぶった料理を木の芽田楽という。広辞苑

 古風を残す田楽舞いは、関東では常陸(茨城県)の金砂(かなさ)田楽と王子田楽が知られ、江戸から近い王子へは多くの見物客が訪れました。田楽は花笠をかぶった田楽法師たちによって舞われます。花笠は悪病や魔除けに御利益があると言い、舞いの後は見物人による争奪戦になり「喧嘩祭り」と言われる程でした。これを王子田楽と言いました。北区観光ガイドより
 食べる田楽を楽しめたのも王子だからこそなのでしょう。

清元;清元節。義太夫節が江戸で発展し、常磐津節から派生した節で、艶麗な芸風をさらにつよめた流儀。高音で一音一音を延ばし細かく節に変化をつける派手で粋な曲節と、甲高い声を裏声で聞かせるのが特徴です。演奏には、常磐津のものよりやや細めの中棹三味線を用います。清元の師匠というだけで、小粋な女師匠を連想してしまいます。 落語「寝床」より
 


 舞台の王子を歩く

 王子(タマゴではないですよ、オオジですよ)の赤提灯街ではなく、名所旧跡(?)を回ります。JR王子駅の南側の毎回2〜3人しか利用者がいない改札を出ます。左は都電の踏切があって忙しく警報が鳴っていますが、1両が過ぎたら元の静けさにもどります。右に鉄道橋を渡り飛鳥山に入っていきますと、そこは児童公園のような現役引退した都電やSLのD51が子供達のお相手をしています。横目で見ながら、飛鳥山公園の3博物館「紙の博物館」つい最近淺草紙でご厄介になったところです。そして「飛鳥山博物館」「渋澤資料館」を観ます。今回歩く最南端で、これから徐々に北上します。

 飛鳥山の北端、当たり前ですが、標高が25.4mと記されている山だったのですね。公園の最北端に新しくモノレールが設置されていましたので、乗る事にしました、1分半ぐらいで下の歩道脇に到着です。エレベータの横移動版ですが楽しく親切です。駅の下、北側に渡ろうとしましたが、その先の歩道橋まで回らなくてはなりません。ままよと、今来た道を逆戻り。右に音無橋を渡りたいのですが、アララ渡れません。飛鳥山の中程まで行って、歩道橋を上がらなくてはなりません。これでは下で渡っておけば良かったと呟きながら、反対側に渡り、音無川に架かる音無橋を渡ります。右手の王子神社の森を眺めながら次の角を神社の鳥居を見ながら入っていきます。王子の町名の本家本元が目の前に現れたのです。本殿前では自然と手が合わさります。正面から出て右に細い道を真っすぐ行くと王子稲荷の脇に出ます。

 静かな境内でした。ここには狐の行列いらい3度目の参拝になります。奥の狐の穴跡を見ますが、スズメバチが居るので立ち入り禁止になっています。神様よりスズメバチの方が恐い。境内を横切り、その先の名主の滝公園にうかがいます。 こここそ深山幽谷の趣が未だ残っています。区立の公園ですが無料で入れて、どこからこの維持費が出ているのか心配になります。太っ腹の北区に感謝。音無川にあった七名滝のひとつがここにあったなんて感動です。ここだけの話、広重描く不動の滝は天高く空から落ちているように見えますが、実際は1丈(3m)の高さしかなかったようです。崖の高さからしても想像できます。写真と違って誇張された絵画なのです。

  王子駅前の音無川親水公園に行きます。ここは近年整備された完全人工の公園で水流もポンプで循環させていると聞きました。素敵な谷間の場所ですからピタリと様になっています。この公園の駅よりに料亭扇屋さんのビルがありますが、江戸から伝わってきた料亭扇屋は閉店してテナントビルに変わってしまいました。扇屋さんは一階入口に一坪にも満たないボックス内で玉子焼きのお土産を売っています。江戸時代は甘さが旨さに通じて、名品だったのでしょうが、現代では甘すぎて玉子の旨さが死んでいます。  一息入れて、駅の反対側の、「北とぴあ」17階の展望ロビーに上がります。三方がウインドーになっていて南・東・北に展望が開けています。昔デパートの屋上にあった有料双眼鏡と同じものが設置されています。いいですね。カメラの望遠レンズを覗くのと、きっと同じ風景が眼の前に現れるのでしょうね。上から下を見下ろすのは人の本能の部分で優越感と開放感を感じるのでしょうね。

 早い時間でしたが、ビールと焼き鳥で一息入れます。ふ〜〜、快い疲労感が全身を走り回ります。

地図

 王子地図 地図をクリックすると大きな地図になります。北区観光ガイドマップより 

写真

 王子の名所を紹介します。好きな所にお出かけ下さい。写真をクリックすると大きな写真になります。

名主の滝・男滝

名主の滝(北区岸町1−15)
 嘉永年間(1848〜1854)王子村の名主・畑野孫八が自邸に開いた江戸情趣豊かな庭園で台地の斜面を巧みに利用し自然の風景を取り入れ園内の滝は古来王子の七滝のひとつとして著名です。明治時代に大々的に手を入れ、その手法を残す都内でも貴重な景勝地です。
 写真は男滝で、女滝はこちら

王子稲荷神社

王子稲荷神社(北区岸町1−12)
 落語「王子の狐」のもう一つの舞台です。関東稲荷総社の格式を持つ稲荷社。2月午の日に行われる、火除けの縁起を担いで「凧市」が、大晦日の夜から正月にかけて、関八州の稲荷の狐が装束稲荷神社に集合、王子稲荷に参拝する事にちなみ「王子の狐の行列」が行われます。境内には「狐の穴跡」が有ります。

王子神社

王子神社(北区王子本町1−1)
 地名王子の由来の元になり、中世に熊野信仰の拠点になった格式高い神社。
 ここで8月には「王子田楽」の祭礼があります。

音無川親水公園

音無川・扇屋(北区王子本町1−1先)
 石神井川はこの付近で「音無川」と名を変えた景勝地で、今は親水公園に生まれ変わった。七滝あって、深山幽谷の趣があり庶民から絶好の行楽地となった。
 この景勝を生かして料理茶屋が多数出来、その中の扇屋が、落語「王子の狐」の表舞台です。大きなビルがあるのですが・・・。

飛鳥山

飛鳥山(北区王子1−1)
 八代将軍徳川吉宗が享保の改革のひとつとして、江戸庶民の行楽地とするために桜を植樹して開放した。江戸近郊の一大行楽地となった飛鳥山は広重をはじめ多くの絵師達が画題とし、文人達は詩に詠んだ。当時、花見の名所であった上野寛永寺などと異なり「歌舞音曲」や「仮装」が容認されていたので、江戸っ子達は様々な趣向を凝らして花見を楽しんだ。また、難解な「飛鳥山碑」が有り、「紙の博物館」「北区飛鳥山博物館」「渋沢資料館」が有ります。  

飛鳥山前の坂

王子の街1
 古くからの文化を継承したところと、当然ながら新しい都市空間が渾然一体となった街を作り出しています。
 飛鳥山から見た坂をだらだらと下る都電。その先ガードが王子駅。左の木立が見えるところが、音無川親水公園で、奥が王子神社。中央上部、高層ビルが「北とぴあ」です。

王子俯瞰

王子の街2
 北区立「北とぴあ」17階展望ロビーから上野方向を見下ろした、飛鳥山と街なみです。
 中央にJR、新幹線が走り抜けていきます。先頭車両付近の右側がJR王子駅。右の森が飛鳥山。左下が駅前広場。

2009年12月記 

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