落語「鼻利き源兵衛」速記本要約

 

 下谷の長者町に、たいへんに変人だが、人には親切で世話好きの、八百屋源兵衛という男があった。
 何を感じたのか、ある時八百屋をやめてしまって、今度は日本橋の角に大きな空き店を借りて、店開きをした。そして、古物の暖簾を買って来てさげたが、間口が広いので三つ継ぎあわせた。見るとその一つ一つに、近江屋・三河屋・松坂屋と記してある。そこで源兵衛は、この三つの屋号をそれぞれ名乗ることにした。
 さて、この店の真向こうは白木屋で、なかなかの繁昌。ある日、白木屋へ武士がやって 来て、伝来の錦の布の鑑定を依頼したが、番頭たちにもとんとわか らない。仕方がないので店先に掲げて、一般の鑑定を持っていた。
 この布が風で飛んで、土蔵の間の折釘に引っ掛ったのを、源兵衛は 眺めていたが、白木屋では預かり物を紛失して大騒ぎ。そこで源兵衛は、「わたしは紛失物をかぎ出す術を存じているが、お望みならばさがして進ぜよう」といって、申し入れた。そして、わざと鼻をピクピクさせてから、「うん、これは土蔵の間から匂って来る」と いった。そこで番頭たちは探してみると、果して折釘に引っ架かっていたので、白木屋は源兵衛に二百両の謝礼をした。

 こうしたことがあったので、次には白木屋から重ねて頼みが来た。 それはお出入り先の京都の近衛家で、お預かりの定家卿の色紙が紛失したので、かぎ出してもらいたいという。
 源兵衛は、「はて、これは困ったぞ」と思ったが、度胸を決めて、白木屋に費用を負担させて京都へ出かけ、いろいろと名所を見物してかぎまわった末に、御所の中も拝見したいと申し出た。
 しかし、平民は立入りが出来ないので、源兵衛は左近尉近江三河松坂守鼻利に任官されて、衣冠束帯で参内した。が、源兵衛は窮屈でならないので、お庭で休もうとして、人を遠ざけたが、お庭の隅の大木に洞穴が出来ていて、根方につまずくと、ボーンとひびく。「はて、これはおかしいぞ」と、二三度蹴ってみると、洞穴の中から黒装束の男が出て来て、「どうか見のがして下さい」と哀願した。これが色紙を盗んだ賊だったので、早速源兵衛は色紙を取り上げて、「よし、お前はもう少しかくれておれ」と、賊をそこに忍ばせ、さて大音声で、「色紙を発見した。色紙を発見した」と披露した。

 この功績によって、源兵衛は吉野山に御殿を賜わり、幸福な身の上となった。
 さぁ、これが京都中の大評判となって、「なぁ、金兵衛はんや。今度近江守鼻利という方の、立派な御殿が吉野山に出来たそうじゃ。十里以内ならどんな物でも、かぎ出すということじゃが、わしも一つその鼻を見たいもんじゃわい」と、ひとりがいうのを聞いて、「そんなにハナが見たいか。ハナが見たけりや、吉野へござれ」。

「古典落語事典」永田義直編著 緑樹出版 より

 

第184話落語「鼻利き源兵衛」に戻る

 

 

SEO [PR] !uO z[y[WJ Cu