落語「小烏丸」の舞台を歩く
   

 

 桂歌丸の噺、「小烏丸(こがらすまる)」によると。
 

 江戸は神田の石町に伊勢屋と言う大きな質屋があった。ご主人の幸右衛門は妻に先立たれ、仏の幸右衛門と呼ばれ、人望も名誉も財産もあった。後添いをとの声が多かったが、本人は娘お照の成長を楽しみに生活していた。しかし、このような幸右衛門であったので、私が後添いになりたいという女性は多かった。
 女中頭が辞めて、”おかじ”という女性が取り仕切るようになった。まめに働き、幸右衛門の世話を焼いた。晩酌が楽しみであったが、ある晩この女に間違って手を付けてしまった。ずるずると後添いになってしまった。がらっと本性を現し、仕事は何もせず、朝から酒浸りになっていた。

 元旗本三男くずれの出入り按摩針医・松崎貞按(ていあん、当て字)は腹に一物もって伊勢屋に出入りしていた。その内におかじと深い仲になってしまった。回りは分かっていたが、変に耳に入れておかじ達に悪さされては困るので言えずに黙っていた。

 出入りの鳶の頭・勝五郎は義侠心が強かった。伊勢屋に訪れて、この本を読んで貰いたいと幸右衛門に渡した。頭は文字は読めたが川柳の本で幸右衛門におかじとの仲を知らせようとした。いくつかの川柳を解説してもらい、本筋の川柳に近づいてきた。
 「居候、三杯目には そっと出し」
これはおもしろい。同じような居候の川柳はありませんか。
 「居候 亭主の留守に しそうろう」
居候のくせに悪いやつだね
 「旅の留守 家の中にも ゴマのハエ」
亭主の留守に悪い奴が居たもんだ。
 「町内で 知らぬばかりは 亭主なり」
旅に出ているわけでもないのに、亭主が分からない訳がないだろう。旦那さんのように毎日家にいるのに分からないなんて、そんな事はないだろう。分からないなんて・・・、分かればいいだろう。
 これだけ謎を掛けたんだから分かりそうなもんなのになぁ〜。ニコニコと仏のような良い旦那なのになぁ〜。
 お茶がダメなら、台所で水なんて飲まないで、二階で貞按とおかじが酒をやっているから、飲んで行けばいいじゃないかと旦那に勧められた。勝五郎は腹が立った。

 店の中をかき回されて、旦那は気が付かないのかな〜。とブツブツと言いながら台所まで来ると、台所脇の小部屋からお嬢さんの声が掛かった。頭の今言っていた事が本心なら、私も本心で言いますから、あの二人を何とかしたいので力を貸してほしい。お嬢さんと頭は何か打ち合わせて別れていった。

 酔った貞按は水を飲みに台所に来て、お嬢さんに出くわした。お嬢さんは色仕掛けで貞按が好きだから連れて逃げてほしいと打ち明けた。逃げるからには百両の金と小烏丸の名刀を蔵から出して持って来てくださいと頼む貞按。小烏丸を抜くと回りに烏が集まって来るという。また、昔、信濃国戸隠山で平維茂(たいらの これもち)が鬼を退治したという名刀。
 今晩八つの鐘で裏木戸から忍んでください。と話はまとまった。

 裏木戸から出て駕籠で王子まで行く事になった。王子の手前、飛鳥山で駕籠屋が駄賃をふっかけ始めたので刀で追い払い、お嬢さんを歩かせ始めた。歩きにくい荷物、100両と小烏丸を渡し、手切れ金代わりに一人でどこにでも行きなさいと、貞按を突き放した。
 力ずくでも連れて行き、最後は売り払ってしまうぞと、もみ合いになったところに、勝五郎が割って入った。貞按は懐の小刀を抜いて勝五郎に突いて出たが、勝五郎は体を変わして小手を打つと貞按は刀を落とした。貞按慌てず小烏丸を抜いてかざすと、烏が群れ集まってくるかと思いきや、雀ばかりが集まってきた。
 小烏丸をよ〜く見ると竹光であった。
 


 この噺は江戸の末期に六代目桂文治が得意として演じていた。最近ではお蔵入りになっていて演じ手の無い噺を引っ張り出して歌丸が演じた。江戸のこの頃にはこのような噺が演じられていた、というサンプルのような落語です。(歌丸、噺のマクラで)

1.小烏丸
伝承・伝来
 桓武天皇の時代、大神宮(伊勢神宮)より遣わされた八尺余りある大鴉(おおがらす。*1)によってもたらされたと伝えられ、小烏丸の名はその大鴉の羽から出てきたとの伝承に由来する。刀工「天国」作と伝えられる。

 後に平貞盛が平将門、藤原純友らの反乱を鎮圧する際に天皇より拝領し、以後平家一門の家宝となる。壇ノ浦の合戦後行方不明になったとされている一方、小烏丸という刀剣が皇室御物として保管されている。当該御物は江戸時代になって伊勢家で保管されていることが判明し、明治維新後に対馬の宗家に渡った後、明治天皇に献上された。

 左図;「小烏丸」葛飾北斎画 東京国立博物館蔵 09.06追加

現存する小烏丸
 皇室御物となっている小烏丸は刃長62.7p、反り1.3p。刀剣としての特徴は刀身の先端から半分以上が両刃になっていることで、これを鋒両刃造(きっさきもろはづくり、ほうりょうじんづくり)と呼び、以降、鋒両刃造のことを小烏造と呼ぶようになった。茎(なかご 。*2)と刀身は緩やかな反りを持っているが刀身全体の長さの半分以上が両刃になっていることから、断ち切ることも、刺突にも適した形状となっている。「天国」の銘があったとの伝承もあるが、現存する小烏丸は生ぶ茎(うぶなかご)・無銘である。
 日本の刀剣が直刀から反りのある湾刀へ変化する過渡期の平安時代中期頃の作と推定され、日本刀の変遷を知る上で貴重な資料である。
 尚、錦包糸巻太刀拵の外装が付属しているが、この外装は後世の追補とされる。
 現在は宮内庁委託品として国立博物館で保管されている。

出典;フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

吟醸注:国立東京博物館で保管されている事実はなく、宮内庁で保管保存されています。9/25国立博物館調べ

1 、大鴉;八咫烏(やたがらす)。 ヤタはヤアタの約。咫(アタ)は上代の長さの単位。親指と人差し指を広げた長さ 、約18cm。ここでは単に大きいという意味。
 記紀伝承で神武天皇東征のとき、熊野から大和に入る険路の先導となったという大烏。姓氏録によれば、賀茂建角身命(カモタケツノミノミコト)の化身と伝えられる。
 または、中国古代説話で太陽の中にいるという3本足の赤色の烏の、日本での称。
右図;日本サッカー協会のシンボルマークになっています。
*2、茎;刀身の、柄に入った部分。作者の銘などをこの部分に切る。広辞苑

写真;小烏丸模造刀  http://page3.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/c190679711#enlargeimg より

 ■竹光;竹を削って刀身とした刀。また、鈍刀をあざけっていう。竹がたな。映画撮影に使うチャンバラシーンはこの竹光が使われています。

平 維茂 (たいらのこれもち)
 平安末期の武将。鎮守府将軍繁盛の子。貞盛の養子となり、その順位が第15位のため余五といった。陸奥の豪族藤原師種を討ち世に余五将軍と称。生没年未詳。

左図;国文学研究資料館、資料名;本朝百将伝(〔無刊記(明暦2版あり)〕
http://base1.nijl.ac.jp/~rekijin/20000772/index.html より




2.石町
(こくちょう。中央区日本橋本石町)
 日本橋本石町の略。歌丸が神田石町と言っていますが間違いです。日本橋の北側は大店が軒を並べていた所で、江戸の商業中心地です。そこに伊勢屋さんがありました。現在日本銀行本店を中心に、隣の日本橋室町には三越本店、三井グループの銀行等が並んでいます。今でも大店ばかりです。

 第160話・落語「干物箱」の舞台でも歩いたところです。三越についても第108話・落語「死神」で語っています。そちらを覗いてください。三井本館については第117話・落語「帯久」をご覧下さい。

王子、飛鳥山(おうじ、あすかやま)
 北区王子。JR王子駅が有ります。その西側に小高い台地が桜の名所飛鳥山です。飛鳥山は落語「花見の仇討ち」で歩いたところで、飛鳥山にある日本一難解だと言われている「飛鳥山碑」の解読を載せました。 この碑文を読むと飛鳥山の事が解ります。

 王子は「王子の狐」、「権兵衛狸」で歩いたところです。詳しくはそちらをご覧下さい。 扇屋の近況を載せています。

左図;「東都勝景一覧」飛鳥山碑 寛政12年、葛飾北斎画
 北区飛鳥山博物館所蔵。 当時も今も難解です。写真クリックすると大きくなります。

 時間と竹に雀;駕籠に乗って出発したのが、八つですから現在の時間に直して深夜の2時頃です。石町から王子まで直線で約10kmですから、 2時間半前後で行けると思われます。ですから、七つ過ぎ(現4時半〜5時頃)頃には飛鳥山に到着しているでしょう。そこで刃傷沙汰が起こって小烏丸を抜いた頃には空も白々と明るくなり始めていたと思われます。早起きの雀たちが竹に集まってくるのは当たり前の時間です。その後、太陽が昇る明け六つ(現6時頃)には時間も掛かりません。

 岩淵街道(現・本郷通り)に沿った王子の景観。都心(右。東京大学から湯島)から西ヶ原村→滝野川村をすぎると右手に「飛鳥山」、王子村に入り左手に「王子権現社」、「王子稲荷社」を抜けて十条村に入ります。
北区飛鳥山博物館所蔵。


3.
川柳
 (川柳点の略から) 前句付から独立した17字の短詩。江戸中期、明和ごろから隆盛。発句とは違って、切れ字・季節などの制約がない。多く口語を用い、人情・風俗、人生の弱点、世態の欠陥等をうがち、簡潔・滑稽・機知・諷刺・奇警が特色。江戸末期のものは低俗に堕し、狂句と呼ばれた。
  古川柳;江戸時代に柄井川柳によって確立された古典的な川柳。明治以後復興されたものに対していう。
  川柳点;柄井川柳が前句付に施した評点。また、その選句。略して「川柳」とも。

広辞苑より

■川柳碑:菊屋橋公園(台東区元浅草3丁目20)
 柄井川柳(からいせんりゅう、正通、初代、1718−1790)
 前句付は出題された前句(主に七七の短句)に付句(主に五七五の長句)をつけるもので、川柳が点者を務める万句合(まんくあわせ)は広く人気を集めた。明和2年(1765)川柳の選句集『誹風柳多留』(はいふうやなぎたる)初編の刊行をひとつの契機として、付句が独立した文芸となっていった。この文芸は「川柳点」「狂句」などと呼ばれたが、明治中期から「川柳」の名称が用いられるようになった。個人の号名が文芸の呼称となるのは希有のことである。
 柄井川柳はこの地で名主を務めていた。
「川柳ゆかりの地」碑より抜粋
 


  舞台の石町・飛鳥山を歩く
 

 石町は何回か訪れたところです。日銀があるからと言って日本銀行券が貰えるわけでもなく、ましてや一般人が近づく事すら出来ません。物々しい警備には歩道から見ていても視線が飛んでくるのが分かります。チャップリンになぞらえると、警官の姿を見ただけで逃げ出す様子が実感として伝わってきます。

 飛鳥山にはお花見時分には訪ねた事がありますが、紅葉が始まり掛けた今は初めてです。ここには紙の博物館、飛鳥山博物館、渋沢(栄一)資料館があります。それぞれ見応えがあって、この資料を作るにも大変お世話になっています。有り難い事です。

 飛鳥山は下の地図をご覧になればお分かりの通り、南北に長い台地です。その東側はJRが走り、それに平行して都電も走り北側の明治通りを抜けて、西側まで回り込んでいます。この道路は飛鳥山より10m以上、下にあります。その北側の道路よりまだ低いところに川が流れその名を音無川と呼ばれます。その北側は崖になっていて飛鳥山の高さと同じ台地になっていて、王子神社があります。川の深さが想像していただけたでしょうか。飛鳥山から王子神社を見ると川が見えないほど深いのです。

 江戸時代の深山霊谷をイメージさせる景勝地でした。(右図)

 音無川は都電が走る北側の明治通りの地下を抜けて行きますので見る事が出来ません。では今見える川は・・・、親水公園になっていて湧き水をポンプで循環させています。その清流に面したところに、落語「王子の狐」で紹介した扇屋さんがあります。有りますと言うより、有ったと言いましょう。ビルはそのまま残っていて、いろいろなテナントさんが入った雑居ビルになっています。 料亭部分は廃業され、その本丸の入り口に一坪ほどの売店があって、そこで扇屋さんの有名な玉子焼きを、お土産として売っています。味は甘味の勝った物ですが、江戸の時代にはそれが喜ばれたのでしょうが、現代では支持されるのでしょうか。

 飛鳥山碑を解読すると飛鳥山には飛鳥神社があって、徳川吉宗将軍の時、先ほどの王子神社に移され、桜や花を植えて江戸庶民の潤いの場所にしたと言われます。今でも家族連れで集う行楽地になっています。

浮世絵;名所江戸百景 「王子瀧乃川」 歌川広重 安政3年(1856)

 

地図

 

 

王子駅前の案内地図より 。右が北になります。

地図をクリックすると大きな地図になります。 

写真

それぞれの写真をクリックすると大きな写真になります。

日本橋
ジオラマの日本橋北側です。川に沿って右側が江戸の胃袋を養った魚市場があったところ。正面大通りが中央通り、当時の日光街道出発点。大店が集まって江戸の商業中心地を形成していました。ジオラマ奥の切れた辺りが本石町と言われた街です。
江戸東京博物館蔵
石町(中央区日本橋本石町4)
江戸時代は浅草橋から来た道と中央通りが交差する辺りが本石町と呼ばれ、1丁目から4丁目までありました。その西のはずれ1丁目辺りです。
石町(中央区日本橋本石町3)
日本銀行を背中に本石町の表通りに出るところです。

飛鳥山(北区滝野川)
正面緑の小高いところが飛鳥山。都電は飛鳥山の下JR王子駅に停まり坂を上がって来て、左に入り飛鳥山停留所に停まります。
噺の筋で行くと、この通り手前が江戸市中ですから、この辺でいざこざになったのでしょう。

飛鳥山
滝野川の渓流に渡された音無橋です。その前方に見えるのが飛鳥山。左手に坂を下るとJR王子駅です。
滝野川と音無川をごっちゃに書いていますが、ここより上流を滝野川、下流を音無川といい、人によってどちらかを使っています。
王子
JR王子駅ホームから眺める飛鳥山。東北線が上野を目指して駆け抜けていきます。

                                                                  2008年12月記

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