「青空文庫」三遊亭圓朝 http://www.aozora.gr.jp/cards/000989/files/351.html より転載

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

業平文治漂流奇談

三遊亭圓朝

鈴木行三校訂編纂

一〜四話



 むかしおとこありけるという好男子に由縁(ゆかり)ありはらの業平文治(なりひらぶんじ)がお話はいざ言問わんまでもなく鄙(ひな)にも知られ都鳥の其の名に高く隅田川(すみだがわ)月雪花(つきゆきはな)の三(み)つに遊ぶ圓朝(えんちょう)ぬしが人情かし[#「し」に「本ノマヽ」と注記]ら有為転変(ういてんぺん)の世の態(さま)を穿(うが)ち作れる妙案にて喜怒哀楽の其の内に自ずと含む勧懲の深き趣向を寄席(よせせき)へ通いつゞけて始めから終りを全く聞きはつることのいと/\稀(ま)れなるべければ其の顛末(もとすえ)を洩さずに能(よ)く知る人はありやなしやと思うがまゝ我儕(おのれ)が日ごろおぼえたるかの八橋(やつはし)の蜘手(くもで)なす速記法ちょう業(わざ)をもて圓朝ぬしが口ずから最(い)と滑らかに話しいだせる言の葉をかき集めつゝ幾巻(いくまき)の書(ふみ)にものしてつぎ/\に発兌(うりだ)すこととはなしぬ
 明治十八年十一月   若林※藏

  

 此の度(たび)お聞きに入れまするは、業平文治漂流奇談と名題(なだい)を置きました古いお馴染(なじみ)のお話でございますが、何卒(なにとぞ)相変らず御贔屓(ごひいき)を願い上げます。頃は安永年中の事で、本所(ほんじょ)業平村(なりひらむら)に浪島文治郎(なみしまぶんじろう)と云う侠客(きょうかく)がありました。此の人は以前下谷(したや)御成街道(おなりかいどう)の堀丹波守(ほりたんばのかみ)様の御家来で、三百八十石頂戴した浪島文吾(なみしまぶんご)と云う人の子で、仔細あって親諸共(もろとも)に浪人して本所業平村に田地(でんじ)を買い、何不足なく有福に暮して居(お)りましたが、父文吾相果てました後(のち)、六十に近い母に孝行を尽し、剣術は真影流(しんかげりゅう)の極意を究め、力は七人力(にんりき)あったと申します。悪人と見れば忽(たちま)ち拳(こぶし)を上げて打って懲らすような事もあり、又貧乏人で生活(くらし)に困ると云えば、どこまでも恵んでやり、弱きを助け強きを挫(くじ)くという気性なれども、至極情(なさけ)深い人で無闇に人を打(ぶ)つような殺伐の人ではございません。只今の世界にはございませんが、その頃は巡査と云う人民の安寧(あんねい)を護(まも)ってくださる職務のものがございませんゆえに、強いもの勝ちで、無理が通れば道理引込(ひっこ)むの譬(たとえ)の通り、乱暴を云い掛けられても、弱い者は黙って居りますから文治のような者が出て、お前の方が悪いと意見を云っても、分らん者は仕方がありませんゆえ、七人力の拳骨(げんこつ)で打って、向うの胆(きも)を挫(ひし)いでおいて、それから意見を加えて悪事を止(や)めさせ善人に仕立るのが極く好(すき)で、一寸(ちょっと)聞くと怖いようでございますが、能(よ)く/\見ると赤子も馴染むような美男(びなん)ですから、綽名(あざな)を業平文治と申しましたのか、但(たゞ)しは業平村に居りましたゆえ業平文治と付けたのか、又は浪島を業平と訛(なま)って呼びましたのか、安永年間の事でございますから私(わたくし)にもとんと調べが付きませんが、文治は年廿四歳で男の好(よろ)しいことは役者で申さば左團次(さだんじ)と宗十郎(そうじゅうろう)を一緒にして、訥升(とつしょう)の品があって、可愛らしい処が家橘(かきつ)と小團治(こだんじ)で、我童(がどう)兄弟と福助(ふくすけ)の愛敬を衣に振り掛けて、気の利いた所が菊五郎(きくごろう)で、確(しっか)りした処が團十郎(だんじゅうろう)で、その上芝翫(しかん)の物覚えのよいときているから実に申分(もうしぶん)はございません。文治が通りますと近所の娘さんたちがぞろ/\付いて参りまして、
 娘「きいちゃん、一寸今業平文治さんと云う旦那が入らしったから御覧なはいよ、好(い)い男ですわ、アラ今横町へ曲って行(ゆ)きましたわ、此方(こっち)のお芋屋の前を抜けて瀬戸物屋の前へ出れば逢えますよ」
 と云って娘子供が大騒ぎをするから、お婆(ばあ)さんも煙(けむ)に巻かれて、
 婆「此方(こっち)へ参れば拝めますかえ」
 と遊行様(ゆぎょうさま)と間違えるくらいな訳であります。これはその筈(はず)で、文治は品行正しく、どんな美人が岡惚(おかぼ)れをしようとも女の方は見向きもしないで、常に悪人を懲(こら)し貧窮ものを助ける事ばかりに心を用いて居ります。その昔は場末の湯屋(ゆうや)は皆入込(いれご)みでございまして、男女(なんにょ)一つに湯に入るのは何処(どこ)かに愛敬のあるもので、これは自然陰陽の道理で、男の方では女の肌へくっついて入湯を致すのが、色気ではござりませんが只何(なん)となくいゝ様な心持で、只今では風俗正しく、湯に仕切りが出来まして男女の別が厳しくなりましたが、近頃までは間が竹の打付格子(ぶっつけごうし)に成って居りまして、向うが見えるようになって居りますから、左の方を見たいと思うと右の頬(ほゝ)ばかり洗って居りますゆえ、片面(かたッつら)が垢(あか)で斑(ぶち)になっているお人があります。其の頃本所中(なか)の郷(ごう)に杉の湯と云うのがありました。家(うち)の前に大きな杉の木がありますから綽名して杉の湯/\と云いますので、此の湯へ日暮方になって毎日入湯に参りますのは、年のころ廿四五で、髪は達摩返(だるまがえ)しに結いまして、藍(あい)の小弁慶の衣服(きもの)に八反(はったん)と黒繻子(くろじゅす)の腹合(はらあわせ)の帯を引掛(ひっか)けに締め、吾妻下駄(あづまげた)を穿(は)いて参りますのを、男が目を付けますが、此の女はたぎって美人と云う程ではありませんが、どこか人好きのする顔で、鼻は摘みッ鼻で、髪の毛の艶(つや)が好(よ)くて、小股(こまた)が切上(きれあが)って居る上等物です。此の婦人に惚れて入湯の跡を追掛(おいか)けて来て入込みの湯の中で脊中(せなか)などを押付(おっつ)ける人があります。その人は中の郷の堺屋重兵衞(さかいやじゅうべえ)と云う薬種屋(きぐすりや)の番頭で、四十二になる九兵衞(くへえ)と云う男で、湯に入る度(たび)に変な事をするが、女が一通りの奴でないから、此奴(こいつ)は己(おれ)に岡惚れをしているなと思い、態(わざ)と男の方へくっついて乙な処置振りをしますから、男の方は尚更増長致します。丁度九月二日の事で、常の如く番頭さんが女の方へ摺寄(すりよ)って来るとき、女の方で番頭の手へ小指を引掛(ひっか)けたから、手を握ろうとすると無くなって仕舞うから、恰(まる)で金魚を探すようで、女の脊中を撫でたりお尻(しり)を抓(つね)ったりします。彼(か)の女は悪党でございますから、突然(いきなり)に番頭の手拭を引奪(ひったく)って先へ上って仕舞いましたゆえ、番頭は彼(あ)の手拭を八つに切って一ツはお守へ入れてくれるだろうと思っていると大違いで、女は衣類(きもの)を着て仕舞い、番台の前へ立ちましたが、女の癖に黥(いれずみ)があります。元来此の女は山(やま)の浮草(うきくさ)と云う茶見世へ出て居りました浮草(うきくさ)のお浪(なみ)という者で、黥再刺(いれなおし)で市中お構いになって、島数(しまかず)の五六度(たび)もあり、小強請(こゆすり)や騙(かた)り筒持(つゝもた)せをする、まかな[#「まかな」に傍点]の國藏(くにぞう)という奴の女房でございますからたまりません、
 浪「一寸(ちょっと)番頭さん」
 番「へい、なんでございます」
 浪「あの少し其処(そこ)ではお話が出来ないから此処(こゝ)へ下りておくれよ、毎晩私に悪戯(いたずら)をする奴があるよ、私の臀(しり)を抓ったり脊中を撫でたりするのはいゝが、今日は実に腹が立ってたまらないから、其奴(そいつ)を此処へ引摺り出しておくれ、私も独身(ひとりみ)じゃアなし、亭主(ていしゅ)もあるからそんな事をされては亭主に対して済みません、引出しておくれよ」
 番「誠にお気の毒様でございますが、込合う湯の中でございますから、あなたがその人の顔を覚えて入らっしゃらないでは、此処へ出ておくんなさいと云っても、誰(たれ)も出る者はありませんから分りません、へい」
 浪「さア証拠のない事は云わないよ、其奴の手拭を引奪って来たから手拭のない奴を出しておくれ」
 番「へい、誰方(どなた)ですか、そんな悪戯をして困りますなア、どうか皆さんの中(うち)で手拭のない方はお出なすって下さい」
 男「おい番頭さん己(おれ)は手拭を持ってるよ」
 番「宜(よろ)しゅうございます」
 男「己のもあるよ/\」
 番「宜しゅうございます」
 と云って皆(みん)な出て仕舞ったが、中に一人九兵衞さんと云う人ばかりは出られませんから、窃(そっ)と柘榴口(ざくろぐち)を潜(くゞ)って逃げようと思うと、水船の脇で辷(すべ)って倒れました。
 男「おい/\番頭さん見てやれ/\、長く湯に入(へえ)っていたものだから眼が眩(まわ)って顛倒(ひっくりかえ)ったのだろう」
 番「誰方(どなた)様ですな」
 と云いながら頭からザブリッと水を打掛(ぶっか)けましたから、
 九「あゝ/\有難うございます、余り長く入って居りましたものですから湯気に上(あが)りました」
 番「何(ど)う云う御様子でございます、大丈夫ですか」
 九「お前さんは湯屋(ゆうや)の番頭さんなら内証(ないしょ)で手拭を持って来ておくんなさい、お願いです」
 番「へー、それではお前さんは手拭がありませんか」
 と番頭はおかしさを堪(こら)えながら、
 番「それでは今窃(そっ)と持って来て上げますからお待ちなさいまし」
 と云うのをお浪が見てツカ/\ッと側へ来て、
 浪「おゝ此奴(こいつ)だ、さア此方(こっち)へ来ねえ」
 と云いながらズル/\ッと引摺って来て箱の前へ叩きつけました。
 九「あゝ申し誠に相済みません、どうぞ御勘弁を願います」
 浪「御勘弁じゃアないよ、呆れかえって物が云えないよ、斯様(こん)なお多福でも亭主のあるものに彼(あ)んな馬鹿な事をされちゃア亭主に済まねえ、お前(めえ)の家(うち)へ行くから一緒に行きねえ」
 九「実はあんたによう似たお方があるので、そのお方だと思うて、実に申そうようない事をいたし、申し訳がありまへん、どうぞ御勘弁を」
 浪「なんだえ、人違いだえ、巫山戯(ふざけ)た事を云っちゃアいけねえぜ、毎日(めえにち)人違(ひとちげ)えをする奴があるかえ、さア主人のある奴なら主人に掛合うし、主人がなけりゃアお前(めえ)だって親か兄弟があるだろう、一緒に行きなよ」
 と云いながら平ッ手でピシャーリ/\と打(ぶ)ちます。寒い時に板の間へ長く坐って慄(ふる)えて居る処を打たれますから、身体へ手の跡が真赤につきます。表へは黒山のように人が立ちまして、
 男「なんです/\」
 乙「なんだか知りませんが苛(ひど)い女ですなア」
 丙「なんでも盗賊(どろぼう)でございましょう、残らず取られて裸体(はだか)になったようですなア」
 甲「何を取られました」
 丙「何(な)んでも初めは手拭を取られたんだそうですが、仕舞には残らず取られたと見えて素裸(すっぱだか)になって、男の方で恐入(おそれい)ってヒイ/\云って居ますなア」
 甲「へーそれでは取った女が取られた人を打(ぶ)って居るのですか」
 丙「そうですなア、成程それにしちゃア妙ですなア、何(なん)でも評判の悪人でございましょう、女でこそあれズウ/\しい奴でしょう」
 丁「なアに、そうじゃアありません、全くはお湯の中へ灰墨(へいずみ)を流したのだそうですが、大方恋の遺恨でございましょう、灰墨を手拭へくるんで湯の中へ流して、手拭がないから彼奴(あいつ)に違いないと云っているんでしょう」
 戊「なアに、そうじゃありません、小児(あかんぼ)の屎(うんこ)を流したんだって」
 乙「へーそうですか」
 癸「なに、そうじゃありません、湯の中でお産をしたんだそうです」
 などといろ/\評議をしているが、何(なん)だか訳が分りません。処へ参ったのは業平文治で、姿(なり)は黒出(くろで)の黄八丈(きはちじょう)にお納戸献上(なんどけんじょう)の帯をしめ蝋色鞘(ろいろざや)の脇差(わきざし)をさし、晒(さらし)の手拭を持って、ガラリッと障子を開けますと、
 番「へー旦那(だんな)いらっしゃいまし」
 文「はい、何か表へ人立(ひとだち)がして居るが間違いでもあったのか」
 番「どうかお構いなく、文庫へお脱ぎなさいまし」
 文「いや/\、人立がすれば往来の者も困りますし、お前も困るだろうが、一体どうした間違いだえ」
 番「旦那様、山の浮草に出て居たお浪と云う悪党女と知らない者ですから、堺屋の番頭さんが湯の中で度々(たび/\)冗談を致し、今日も怪(け)しからん事を致したものですから、番頭さんの手拭を引奪って置いて、番頭さんが湯から上るのを待っていて、彼(あ)の通り詫(わび)るのを聴かないで主人へ掛合うと云うから、主人が五六十両も強借(ゆす)られて、番頭さんも追出されますのでしょう」
 文「それは気の毒な事だ、私(わし)が中へ入って詫をしてやりましょう」
 番「旦那様が中へ入って下されば宜しゅうございますが、若(も)し貴方(あなた)の御迷惑になるといけませんから、お止(よ)しなすった方が宜しゅうございます」
 文「いや/\入って見ましょう」
 と云いながらツカ/\とお浪の側へ参り、
 文「おい/\姉さん何だか悉(くわ)しい訳は知りませんが、聞いていれば此の人は人違いでお前さんに悪戯(じょうだん)をしたのだそうだから、腹も立とうが成り替って私(わし)が詫びましょうから、勘弁して此の人を帰して下さい、そうお前さんのように無闇に人を打(ぶ)つものではありません」
 浪「どなたか知りませんが手を引いて下さい、私も亭主のある身で、姦通(まおとこ)でもしていると思われては困ります、私の亭主も男を売る商売ですから、どんなに怒(おこ)って私を女郎に売るか何だか知れません、亭主に対して打捨(うっちゃっ)て置けませんから手を引いておくんなさい」
 文「そういうことをすりゃア御亭主が無理というもの、湯の中で何程の事が出来るものではない、それを怒って女郎にするのなんのと云えば、それ程大切な女房なら、入込みの湯へ遣(よこ)さなければいゝというようなものだから、まア/\そんな事を云わないで堪忍してやっておくんなさい」
 浪「おい、何をいやアがるのだ、湯に遣そうが遣されめえがお前(めえ)の構った事じゃアねえ、生意気な事を云わねえで引込(ひっこ)んでろい」
 文「ホイ/\堪忍しておくれ、私(わし)が粗忽を云いました」
 浪「これさ、お前(めえ)なんだ生若(なまわけ)え身で耳抉(みゝっくじ)りを一本差しゃアがって、太神楽(だいかぐら)見たような態(ざま)をして生意気な事を云うねえお前(め)ッちゃア青二才(せい)だ、鳥なら未(ま)だ雛児(ひよっこ)だ、手前達(てめえたち)に指図を受けるものか、青い口喙(くちばし)でヒイ/\云うな、引込んでろい」
 文「はい/\悪い処は重々詫をしますが、大の男が板の間へ手をついて只管(ひたすら)詫をすれば御亭主の御立腹も解けましょうから幾重にも当人に成替(なりかわ)って」
 浪「いけねえよ、愚図々々口をきかねえで引込みなせい」
 と云いながらズッと番頭を引立(ひきた)てに掛るから、
 文「あゝ待ちなさい/\、それでは是程云っても聞き入れませんかえ」
 浪「聴かれませんよ」
 文「愈(いよ/\)聴かれなければ此方(こっち)にも了簡(りょうけん)がある」
 浪「聴かなければどうする」
 文「聴入(きゝい)れなければ斯様(かよう)致す」
 と云いながら突然(いきなり)お浪の髻(たぶさ)を取って引倒(ひきたお)し、拳骨(げんこつ)を固めて二ツ打(ぶ)ちましたが、七人力ある拳骨ですから二七十四人に打たれるようなもので、痛いの何(な)んのと申して、悪婆(あくば)のお浪も驚きました。なれども急所を除(よ)けて打ちます。
 文「これ、汝(われ)は不届(ふとゞき)ものだ、手前の亭主はお構い者で、聞けば商人(あきんど)や豪家へ入り、強請(ゆすり)騙(かた)りをして衆人を苦しめると云う事は予(かね)て聞いて居(お)ったが、此の文治郎が本所に居(お)る中(うち)は捨置(すてお)く訳にはいかん、それに此の文治の事を青二才などと云おうようなき悪口(あっこう)を申したな、手前のような奴を活(い)かして置いては大勢の人の難儀になるから打殺(ぶちころ)すのであるが、女の事ゆえ助けてやる、早く家(うち)へ帰って亭主の國藏という奴に、己(おれ)は業平橋に居る浪島文治郎と云うものだから、打(ぶ)たれたのを残念と思うならいつでも仕返しに来いと屹(きっ)と申せよ」
 と云いながらトーンと障子を明けて、表へ突き出したから、お浪は倒れて眼が眩(くら)みましたが、漸(ようや)くの事で這(は)うようにして家(うち)へ帰って、國藏に此の事を話そうと思うと、其の晩は帰りませんで、翌日の昼時分に帰って来まして、
 國「お浪今帰(けえ)ったよ、寝てえちゃアいけねえ、火も何も消えて居るじゃアねえか」
 浪「起きられやしねえよ、頭が割れそうだア」
 國「なんだ頭が割れそうだ、頭が痛けりゃア按摩(あんま)でも呼んで揉(も)んで貰いねえナ」
 浪「拳骨(げんこつ)で廿ばかり打(ぶ)たれたよ」
 國「なに打たれて黙って帰(けえ)って来るような手前(てめえ)じゃアねえじゃねえか、何奴(どいつ)が打ったのだ」
 浪「夕べお前が帰(けえ)って来たらば直(す)ぐに仕返(しけえ)しに行こうと思っていたが、いつでも杉の湯に来る奴が来たから、お前(めえ)に教わった通りにして、向うへ強請に往(い)こうと思うと、業平橋にいる文治と云う奴が来て、突然(いきなり)に私を打って、打殺して仕舞(しまう)んだが助けてやるから家(うち)へ帰(けえ)って亭主の國藏と云う奴に云って、いつでも仕返(しけえ)しに来いと云って、人を蚰蜒(げじ/\)見たように摘(つま)み出しゃアがったよ、悔しくって/\仕様がねえから、仕返しに往っておくれよ」
 國「静かにしろい、業平文治と云う奴は黒い羽織を着ている奴だな、結構だ」
 浪「何が結構だ」
 國「寒さの取付(とっつ)きに立派な人に打(ぶ)たれて仕合せよ、悪い跡はいゝやい」
 と云いながら落着き払って出て行(ゆ)きましたが、何処(どこ)で買ったか膏薬(こうやく)を買って来まして、お浪の身体へベタ/\と打(ぶ)たれもしない手や何かへも貼付け、四つ手(で)駕籠(かご)を一挺(いっちょう)頼んで来て、襤褸(ぼろ)の※袍(どてら)を着たなりで、これにお浪を乗せ業平文治の玄関へ参りまして、
 國「お頼み申します/\」
 男「オヽイ」
 と返事をして台所の方から来たのは、本所の番場で森松(もりまつ)と云う賭博兇状持(ばくちきょうじょうもち)で、畳の上では生きていられないのが、文治の意見を聞いて改心して、今では文治の所にいる者です。
 森「だれだえ」
 國「えゝ浪島文治郎様のお宅はこちらですか」
 森「此方(こちら)だがお前(めえ)はなんだえ、/\」
 國「少し旦那にお目に懸ってお話し申したいことがあって来ました」
 森「生憎(あいにく)今日は旦那はいねえや、何(なん)の用だか知らねえが日暮方にでも来ねえ」
 國「旦那がお留守なら御新造(ごしんぞ)さんにでもお目に懸りたいもんです」
 森「御新造さんはねえや、お母(っか)さんばかりだ」
 國「お母(ふくろ)さんでも宜しゅうございます、へい、これは病人でございますから、おい/\ソーッと出ねえといけねえよ、骨が逆に捻(ねじ)れると不具(かたわ)になって仕舞うよ」
 森「おい/\己(おら)の処は医者様じゃアねえよ、これは浪島文治郎さんと云う人の宅だよ」
 國「そりゃア存じて居ります、おい若衆(わけいしゅ)さん帰(け)えってもいゝよ」
 と駕籠屋を帰し、お浪の手をとりまして、
 國「少し此処(こゝ)へお置(おき)なすっておくんなせえ」
 森「おい、少し待っていねえ、お母(ふくろ)さんに話すから」
 と奥へ参り、
 森「申しお母(ふくろ)さんえ、何(なん)だか知れませんが膏薬だらけの女を連れて旦那にお目に懸りてえと云って来ましたから、旦那が留守だと云ったら、お母(ふくろ)さんにお目に懸りたいと申しますが、何(ど)うしましょう」
 母「此方(こちら)へお通し申せ/\」
 森「さア兄イ此方(こっち)へ来ねえ」
 國「えゝお初(はつ)うにお目に懸りました、私(わっち)は下駄職國藏と申すものでごぜえやすが、お見知り置かれまして此の後とも御別懇に願います」
 母「はい、私(わたくし)は文治郎の母でございますが、生憎今日は他出致しましたが、誠に年を取って居りますから悴(せがれ)が余所(よそ)様でお交際(つきあい)を致しましたお方は一向存じませんから、仰(おっ)しゃりおいて宜しい事ならどうか仰しゃりおきを願います」
 國「些(ちっ)とあなたのお耳へ入れては御心配でございましょうが、彼処(あすこ)に寝て居りますのは私(わっち)の嚊(かゝあ)で、昨晩間違いが出来ましたと云うのは、湯の中で臀(けつ)を撫でたとかお情所(なさけどころ)を何(ど)うとかしたと云うので、亭主のある身でそんな真似をされちゃア亭主の前(めえ)へ済まねえと云って、其の男に掛合って居る処へ、此方(こちら)の旦那が来て私(わっち)の嚊を拳骨(げんこつ)で廿とか三十とか打(ぶ)って、筋が抜けたとか骨が折れたとか、なアにサ、何(なん)だかこんな事を申しやすと強請騙りにでも参った様に思召(おぼしめ)すだろうが、そう云う訳ではありませんが、お恥しい話ですが、其の日/\に下駄を削って居ります身分ですから、私(わっち)が看病をすれば仕事をする事が出来ねえ、仕事をする事が出来なけりゃア食う事が出来ねえが、此方(こちら)は御身分もありお宅も広うございやすから、どうかお台所の隅へでも女房を置いて重湯でも飲ましておいてくれゝば、私(わっち)も膏薬の一貼(ひとはり)位(ぐれ)えは買って来ますから、どうかお預りを願います」
 母「はい/\、それは誠にお気の毒様な訳で、嘸(さぞ)御立腹な訳でございましょう、仮令(たとえ)どのような事がありましても人様(ひとさま)の御家内を打擲(ちょうちゃく)するとは怪(けし)からん訳でございます、若年の折柄(おりから)人様に手を掛ける事が度々(たび/\)ありまして意見もしましたが、どうも性分で未(ま)だ直りません、どのようにも御看病もしとうございますが、私(わたくし)も寄る年で思うようにも御看病が届きませんと、御病人の癇(かん)が起りますものでございますから、お医者も此方(こちら)からお附け申しましょうし、看病人も附けましょう、又あなたがお仕事をお休みになれば日々どれだけのお手間料が取れますか知りませんが、お手間料だけは私(わたくし)の方から」
 國「いえ/\飛んでもねえ事を仰しゃる、此方からお手当を戴き嚊を宅(うち)へ置いて看病をすると、私(わっち)も堅気の職人ですから、そんな事が親方の耳へでも入(へえ)れば、手前(てめえ)は遊(あす)んでいて他から銭を貰う、飛んでもねえ奴だ、向後(きょうこう)稼業(かぎょう)を構うと云われては困ります、何も銭金をお貰い申しに参った訳ではありませんから、当期此方の台所(だいどこ)の隅へ置いて下さい、五年掛るか十年掛るか知れませんが、どうか癒(なお)るまでおいておくんなせえ」
 母「御立腹でもございましょうが、そんな事を仰しゃらないでお手当は十分に致しますからお連れ帰りを願います」
 國「いえなに、銭金は入りません、医者も私(わっち)が頼んで来ます」
 母「どうかそう仰しゃらないで」
 と只管(ひたすら)頼めど悪党の強請騙りをすることをもくさん[#「もくさん」に傍点]と申して、安い金では中々云う事を聞きませんから、
 森「兄イ兄イ…お母(っか)さん黙っておいでなさい…兄イ此処(ここ)じゃア話が出来ねえから台所へ往って話をしよう、己(おれ)は番場の森松と云う者で、悪い事は腹一杯(いっぺえ)やって、今は此方の旦那の家(うち)に食客(いそうろう)だ、旦那は無闇に弱い女や人を打(ぶ)つような方じゃアねえ、お前(めえ)の処(とこ)の姐御(あねご)が何か悪い事をしたのだろうが、銭を貰っちゃア親方に済まねえと云うが、そんな事を幾ら云っても果てしはつかねえ、サックリ話をするから台所へ来ねえ」
 國「何もお前(めえ)さんに云うのじゃアありませんから手を引いておくんなせえ」
 森「手を引くも引かねえもねえや、己も番場の森松だ、お前(めえ)の帰りはのいゝようにして遣(や)るから云う事を聞きねえな、己も是れ迄そんな事は度々(たび/\)やった事があるんだナ」
 國「おい、訝(おか)しな事を云いなさるぜ、お前(めえ)さんはこんな事が度々ありましたか、私(わっち)ア骨の折れる程嚊を打(ぶ)たれたのは初めだ、お前(めえ)さんは森松さんか何か知らねえが、お母様(ふくろさん)に願っているのにお前(めえ)さんのような事を云われると、私(わっち)ア了簡が小(ちい)せえから屈(すく)んで仕舞って、ピクーリ/\として何(なんに)も云えないよ」
 森「おい、大概(たいげい)にしねえな、そんな事をいつまで云っても果(はて)しが付かねえから、おいこう、まア台所へ来ねえって事よ」
 母「森松黙っていな」
 森「まアお待ちなさい、お前(まえ)さんは知らないのだから、おい兄イそんな事を云っても仕方がねえ、人間を打殺して下手人になっても人が入(へえ)れば内済(ねえせい)にしねえものでもねえから、お前(めえ)の方へ連れて往(い)けば話の付くようにするから台所へ来な」
 國「おい兄さん、人を擲殺(たゝッころ)して内済(ねえせい)で済みますかえ、そりゃア済ます人もあるか知れませんが、私(わっち)アいやだ、怖(おっ)かねえ事を仰しゃるねえ、お母(ふくろ)さん、こんな事を云われると私(わっち)ア臆病(おくびょう)ものですからピクーリ/\としますよ」
 森「台所へ来いよ/\」
 と森松は懊(じ)れこんでいくらいっても動きません。其の筈で森松などから見ると三十段も上手(うわて)の悪党でござりますから、長手の火鉢(ひばち)の角(すみ)の所へ坐ったら挺(てこ)でも動きません。処(ところ)へ業平文治が帰って来まして、
 文「森松此処(ここ)を片付けろ」
 と云うから、森松は次の間の所へ駆出(かけだ)して、
 森「あなたは大変な事をやりましたねえ」
 文「何を」
 森「杉の湯で國藏の嚊を打擲(ぶんなぐ)りましたろう」
 文「来たか、昨夜(ゆうべ)打擲った」
 森「打擲ったもねえものだ、笑い事じゃごぜえやせん、彼奴(あいつ)は一(ひ)ト通りの奴じゃアありませんから、襤褸褞袍(ぼろどてら)を女に着せて、膏薬を身体中へ貼り付けて来て、動(いご)けねえから此方(こっち)の家(うち)へおいて重湯でも啜(すゝ)らせてくれろと云って、中々手強(てごわ)いことを云ってるから、四五両では帰(けえ)りませんぜ、四五十の金は取られますぜ」
 文「宜しい、心配するな」
 森「宜しいじゃありませんやね」
 文「お母(っか)さんが御心配だろうな」
 森「お母さんは無闇に謝まってばかりいますから、猶(なお)付込みやアがるのさ」
 文「お母さんを此方(こっち)へお呼び申しな」
 と云うから小声で、
 森[#「森」は底本では「母」と誤記]「お母さん/\、此方へ/\」
 と云って親指を出して知らせると、母も承知して次の間へ参りまして、
 母「お前飛んだ事をおしだねえ」
 文「あなたのお耳へ入れて誠に相済みません」
 母「済まないと云って無闇に人を打(ぶ)つと云う法がありますか、先方様(さきさま)は素直に当家へ病人を引取って看病さえしてくれゝば宜しいと云うから、どうも仕方がないわな」
 文「彼奴(あいつ)は悪い奴ですから只今私(わたくし)が話をして直(すぐ)に帰します、誠に相済みません、あなたは暫(しばら)くお居間の方へいらっしゃいまし」
 母「おや/\あれは悪党かえ」
 森「申し、お母さんは知らないのだがね、彼奴は悪党で、私(わっち)が何か云うといやにせゝら笑やアがるから、小癪(こしゃく)にさわるから擲(なぐ)り付けようと思いましたがね、今こゝで彼奴を打(ぶ)つとウーンと云って顛倒(ひっくりけ)えって仕舞うから、私(わっち)も堪(こら)えていたのです。お母さん心配しないで此方(こっち)へおいでなさい」
 と隠居所の方へ連れて往(ゆ)きまして、
 森「もし旦那え彼奴(あいつ)を打擲(ぶんなぐ)ると顛倒(ひっくり)かえるから、そうすると金高(きんだか)が上(のぼ)りますよ」
 文「宜しい/\」
 と云って脇差(わきざし)を左の手へ提げて座敷へ入って参りまして、
 文「初めてお目に懸ります、私(わし)は浪島文治郎と云う者です、只今母から聞きましたが、昨夜お前の御家内を打擲した処、今日其の御家内を連れて来て、此方(こっち)で看病をしてくれろとのお頼み、又母が連れ帰ってくだされば金子(きんす)は何程(なにほど)でも差上げると云うと、お前は親分や友達に済まんと云えば、いつまでもお話は押付(おっつ)かんが、打(ぶ)った処は文治郎が重々悪いから、飽くまで詫びたならばお前も男の事だから勘弁するだろうね、勘弁してくれたら互に懇意になり、懇意ずくなら金を貸してもお前の恥にも私(わし)の恥にもならないから、心が解けたら懇意になって懇意ずくでお内儀(かみ)さんの手当となしに金を五十両やるからそれで帰って下さいな」
 國「へゝ、こりゃアどうも、もし旦那え、お前(めえ)さんのようにサックリと話をされちゃア何も云えない、と申すのは、貴方(あなた)のような立派な方が私(わっち)のようなものに謝まると仰しゃれば、宜しいと云わなければなりません、そうなれば懇意ずくで金を貸せば恥になるめえから五十両やると云う、実に何とも申そうようはござえません、実はお母さんのお耳へ入れまいと思ったが、つい貧乏に暮していますから苦しまぎれに申上げたのでございます、それではどうか五十両拝借したいものでございます」
 文「五十両でいゝかえ」
 國「宜しゅうございます/\」
 と云うと文治は座を正して大声(たいせい)に、
 文「黙れ悪人、其の方(ほう)は此の文治を欺き五十両強請ろうとして参ったか、其の方は市中お構(かまい)の身の上で肩書のある悪人でありながら、夫婦連(づれ)にて此の近傍(かいわい)の堅気の商家(あきんど)へ立入り、強請騙りをして人を悩ます奴、何処(どこ)ぞで逢ったら懲(こら)してくれんと思っていた処、幸い昨夜其の方の女房に出会いしにより打殺そうと思ったが、お浪を助けて帰したは手前を此の家(うち)に引出さん為であるぞ、其の罠(わな)へ入って能くノメ/\と文治郎の宅へ来たな、さア五十両の金を騙り取ろうなどとは申そうようなき大悪人、兎(と)や角(かく)申さば立処(たちどころ)に拈(ひね)り潰して仕舞うぞ」
 と打(う)って変った文治郎の権幕(けんまく)は、肝に響いて、流石(さすが)の國藏も恟(びっく)り致しましたが、
 國「もし旦那え、それじゃア、からどうも弱い者いじめじゃアありませんか、私(わっち)の方で金をくれろと云ったわけじゃアありません、お前(めえ)さんの方で懇意ずくになって金を貸すと云うから借りようと云うのだが、又亭主に無沙汰(ぶさた)で人の女房を打(ぶ)って済みますかえ、其の上私(わっち)を打殺すと云やア面白い、さアお打ちなせえ、私(わっち)も國藏だア、打殺すと云うならお殺しなせえ」
 文「不届き至極な奴だ」
 と云いながら、突然(いきなり)國藏の胸(むな)ぐらを取って、奥座敷の小間へ引摺り込みましたが、此の跡はどう相成りましょうか、明晩申し上げます。
 

  

 男達(おとこだて)と云うものは寛永(かんえい)年間の頃から貞享(ていきょう)元禄(げんろく)あたりまではチラ/\ありました。それに町奴(まちやっこ)とか云いまして幡隨院長兵衞(ばんずいいんちょうべえ)、又は花川戸(はなかわど)の戸澤助六(とざわすけろく)、夢(ゆめ)の市郎兵衞(いちろべえ)、唐犬權兵衞(とうけんごんべえ)などと云う者がありまして、其の町内々々を持って居て、喧嘩(けんか)があれば直(すぐ)に出て裁判を致し、非常の時には出て人を助けるようなものがございましたが、安永年間には左様なものはございません。引続きお話申します業平文治は町奴親分と云うのではありません、浪人で田地(でんじ)も多く持って居りますから活計(くらし)に困りませんで、人を助けるのが極く好きです。尤(もっと)も仁を為せば富まず、富を為せば仁ならずと云って、慈悲も施し身代(しんだい)も善くするというは中々むずかしいことでありますが、文治は身代もよく、人も助け、其の上老母へ孝行を尽します。兎角(とかく)男達に孝子と云うは稀(まれ)なもので、成程男達では親孝行は出来ないだろう、自分の身を捨(すて)ても人を助けるというのであるから、親に対しては不孝になるだろうと仰しゃった方がありましたが、文治は人に頼まれる時は白刃(しらは)の中へも飛び込んで双方を和(なだ)め、黒白(こくびゃく)を付けて穏便(おんびん)の計(はから)いを致しまする勇気のある者ですが、母に心配をさせぬため喧嘩のけの字も申しませず、孝行を尽して優しくする処は娘子(むすめっこ)の岡惚れをするような美男でございますが、怒(いか)ると鬼をも挫(ひし)ぐという剛勇で、突然(いきなり)まかな[#「まかな」に傍点]の國藏の胸ぐらをとりまして奥の小間に引摺り込み、襖(ふすま)をピッタリと建(た)って國藏の胸ぐらを逆に捻(ねじ)って動かさず、
 文「やい國藏、汝(われ)は不届な奴である、これ能(よ)く承われ、手前(てめえ)も見た処は立派な男で、今盛りの年頃でありながら、心得違いをいたし、人の物を貪(むさぼ)り取り、強請騙りをして道に背き、それで良いものと思うか、官(かみ)の御法を破り兇状を持つ身の上なれば此の土地へ立廻る事はなるまい、然(しか)るに此の界隈で悪い事を働き、官の目に留れば重き処刑になる奴だに依(よ)って、官の手を待たずして此の文治郎が立所(たちどころ)に打殺(うちころ)すが、汝(われ)は親兄弟もあるだろうが、これ手前(てまえ)の親達(おやたち)は左様な悪人に産み付けはせまい、どうか良い心掛けにしたい、善人にしたいと丹誠(たんせい)して育てたろうが、汝(わりゃ)ア何か親はないかえ、汝(われ)は天下の御法を破り、強請騙りを致すのをよも善い事とは心得まいがな、手前のような奴は、何を申し聞かせても馬の耳に念仏同様で益(やく)に立たんから、死んで生れ替って今度は善人に成れ、汝(われ)は下駄屋職人だそうだが、下駄を削って生計(くらし)を立てゝも其の日/\に困り、どうか旦那食えないから助けて下さいと云って己(おれ)の処へ来れば米の一俵位は恵んでやる、然(しか)るを五十両強請(ゆすろ)うなどとは虫よりも悪い奴である、汝(われ)の親に成代(なりかわ)って意見をするから左様心得ろ、人間の形をしている手前だから親が腹を立てゝ打(ぶ)つ事があろう、其の代りに折檻(せっかん)してやる」
 と云いながら拳骨を固め急所を除(よ)けてコーンと打(ぶ)ちました。
 國「あゝ痛(いた)た」
 文「さア改心しなければ立所に打殺(ぶちころ)すぞ、どうだ」
 國「どうか助けて下さいまし」
 文「イヽヤ元より殺そうと思うのだから助けはせん、手前も命を賭けて悪事をするのじゃアないか、畳の上で殺すのは慈悲を以てするのだ」
 と云いながら又胸ぐらを締上げたから、
 國「ア痛た/\、改心致しやすから助けて下せえ、改心します/\」
 文「弱い奴だなア、改心するなどと申して此の場を逃延(にげの)びて、又候(またぞろ)性懲(しょうこ)りもなく悪事をした事が文治郎の耳に入れば助ける奴でない、天命と思って死ね」
 國「ア痛た/\、そう締めると死んで仕舞います、屹度(きっと)改心しますから何卒(どうぞ)放して下せえ/\」
 文「屹度改心致すか、改心致せ」
 と云って突放(つきはな)された時は身体が痺れて文治の顔を呆気に取られ暫く見て居りましたが、
 國「旦那え/\お前(めえ)さんは噂にゃア聞いて居りやしたが、きついお方ですねえ、滅法な力だ、私(わっち)も旧悪のある國藏で、お奉行(ぶぎょう)がどんな御理解を仰しゃろうと、箒(ほうき)じりで破綻(ひゞだけ)のいるほど打(ぶ)たれても恐れる人間じゃアねえが、お前(めえ)さんの拳骨で親に代って打(う)つと云う真実な意見の中(うち)に、手前(てめえ)は虫よりも悪い奴だ、又堅気の下駄屋で稼いでいて足りねえと云えば米の一俵ぐれえは恵んでやると云う言葉が嘘で云えねえ言葉だ、成程そう云われて見れば虫より悪い事をしやした、旦那え、実ア私(わっち)ア寒さの取付(とっつ)きで困るから嚊をだしに二三両強請ろうと思って来たんだが、お前(めえ)さんの拳骨で打たれた時は身体が痺れて口も何も利けなくなったが、妙な所を打つんだねえ、どうも変に痛いねえ、旦那え、屹度これから改心して國藏が畳の上で死なれるようになった時にゃア旦那へ意趣返しのしようはねえが、私(わっち)が改心した上で鼻の曲った鮭(しゃけ)でも持って来たらば、お前(めえ)さんも些(ちっ)とア胆魂(きもったま)が痛かろうと思うが、其の時は何(なん)と仰しゃいますえ」
 文「これは面白い事を云う、其の時は無闇に人を打擲して済むものでないから、文治が土間へ手を付いて重々悪かったと云って屹度謝ろうが、善人になってくれるか」
 國「そりゃア屹度善人になりやす」
 文「大悪(だいあく)のものが改心すれば反(かえ)って善人になると云うから屹度善人になってくれ、併(しか)し手前(てまえ)が善人になると云っても借金があって法が付くまい、爰(こゝ)に廿両あるからこれで借金の目鼻を付けた上で、稼いでも足りぬ時は手前を打(ぶ)った印に生涯(しょうがい)でも恵んでやるから、これを持って往って稼げ」
 國「旦那それじゃア此の金を私(わっち)にくれますかえ、豪(えら)いなア、どうも驚いた、私(わっち)を悪(にく)んで打(ぶ)ったのだから、大抵の者ならくれた処が五両か七両、それを廿両遣(や)るから善人になれと云うお前(めえ)さんの気象に惚れた、これから屹度改心して仕事を致します」
 文「能く云ってくれた、就(つ)いては手前に能く申し聞けて置く事があるが、悪人と云うものは、善人になると口で云って、其の金を持って往って、博奕場(ばくちば)へでも引掛(ひっかゝ)り、遣果(つかいはた)して元の國藏のように悪事をすれば文治は許さぬぞ、うっかり持って往(ゆ)くな、香奠(こうでん)にやるのだ、手前の命の手付にやるのだからそう心得ろ」
 國「怖(おっ)かねえ、死んでも忘れません、向後(きょうこう)悪事はふッつりと」
 と横に首をふり、「あゝ痛い/\首を振りゃア頭へ響けて痛いねえ、お浪や/\こけへ来て旦那様へお礼を申せ」と云ったが、どうしてお浪は國藏の打(ぶ)たれるのを見て、疾(とっ)くに跣足(はだし)で逃出(にげだ)して仕舞って居りませんから、國藏は文治に厚く礼を述べて立帰(たちかえ)りましたが、此の國藏が文治の云う事を真に感じ、改心致して、後に文治の為に命を惜まず身代りに立つのでございます。これは九月の三日の事で、これから十二月の三日の夜(よ)の事でございます。文治が助けた田舎の人が、江戸へ来て文治に馳走をすると云うので浅草辺で馳走になって帰る途中、チラリ/\と雪が降出(ふりだ)しましたから、傘(かさ)を借り、番場の森松と云う者が番傘を引担(ひっかつ)いで供をして来ますと、雪は追々積って来ました。
 文「大層降って来たなア」
 森「大層降り出して来ましたねえ」
 文「一面の銀世界だなア」
 森「へい、銀が降って来ましたか」
 文「なアに好(い)い景色(けしき)だと云う事よ」
 森「雪が降りますと貧乏人は難渋しますなア」
 文「だがのう、雪は豊年の貢(みつぎ)と云って、雪の沢山降る年は必ず豊年だそうだ」
 森「へー法印様がどうしますとえ」
 文「なアに雪が降ると麦作が当るとよ」
 森「八朔(はっさく)に荒れがないと米がとれやすとねー、どう云う訳でしょうなア、雨が氷っているのを天でちっとずつ削り落すのかね」
 文「馬鹿云え、下(くだ)り飴(あめ)じゃアあるまいし、これは天地積陰(せきいん)温かなる時は雨ふり寒なる時は雪と成る、陰陽凝(こっ)て雪となるものだわ、それに草木の花は五片(ごひら)雪の花は六片(むひら)だから六(むつ)の花というわさ」
 森「なんだかむずかしくって分らねえが、今日の客は気の利かねえ奴だ、帰(けえ)る時に大きい物でグーッと飲ませればいゝに、小さいもので飲ませたから直ぐ醒めて仕舞って仕様がありゃアしねえ、あれだから田舎者は嫌いだ」
 文「これ、人の御馳走になっていながら悪口(あっこう)を云ってはいかんよ」
 森「成程こいつアわるかった、時々失策(しくじ)りますなア」
 と話をしながら天神の所まで来ますと、手拭を被(かぶ)って女が往ったり来たりしているから、
 文「森松や、彼処(あすこ)に女が居るようだなア」
 森「へー雪女郎(ゆきじょうろ)じゃアありませんかえ」
 文「なアに雪女郎は深山(しんざん)の雪中(せっちゅう)で、稀(まれ)に女の貌(かお)をあらわすは雪の精なるよしだが、あれは天神様へお百度でも上げているのだろう」
 森「それじゃア大方縁遠いのでしょう」
 文「何故え」
 森「寝小便か何かして縁付く事が出来ないから、それでお百度を上げているんでしょう」
 と云う中(うち)にプーッと垣際へ一(ひ)と吹雪吹き付けますると、彼(か)の娘は凍えたと見えまして、差込んで来る癪(しゃく)に、ウーンと云って胸を押えて、天神様の塀(へい)の所へ倒れましたから、
 文「あれ/\女が倒れたな」
 森「うっかり側へ往って尻尾(しっぽ)でも出すといけませんぜ」
 文「おゝ是は冷えたと見えて、可愛そうに、何所(どこ)ぞへ往って温ためてやればいゝだろう、手前の傘をつぼめて己(おれ)の傘を差掛けろ、彼(あ)の女を抱いて往ってやろう」
 森「お止しなさい、掛合(かゝりあ)いにでもなるといけませんぜ」
 文「なアに捨置く訳にはいかん」
 と云って力は七人力あるから軽々と其の娘を抱いて立花屋(たちばなや)と云う小料理屋へ来ました。
 文「森松や、起して呉れ」
 と云うからトン/\トン/\と戸を叩き、
 森「おい立花屋さん起きねえか/\オイ/\」
 文「これ/\そんなに粗末に云うなよ」
 森「粗末たって起すんでさア、オイ/\火事だ/\」
 料「はい/\/\」
 と計(ばかり)云って居ります。
 森「恰(ちょう)ど馬を追っているようだ」
 料「何方(どなた)か知りませんがねえ、此の雪でお肴がありませんから、どうか明日(みょうにち)になすって下さい」
 文「私だよ、業平橋の文治郎だア」
 亭「はい/\明けますよ、これ婆さん、旦那様だよ、これサ寝惚けちゃアいけねえぜ、行燈(あんどん)を提げてぐる/\廻っちゃアいけねえって事よ」
 と云いながら戸を開けて、
 亭「おー大層降りましたなア」
 文「余程(よっぽど)積った」
 と云うのを見ると女を抱いて来ましたが、平常(ふだん)堅い文治の事だから変だと思ったが、
 亭「へゝゝゝゝ御心配はありませんから、奥の六畳は伊勢屋(いせや)の蔵の側で彼処(あすこ)は誰にも知れませんから彼処にしましょう」
 森「フム何を云うのだ、いま女が雪の中へ顛倒(ひっくりけえ)っていたのを、旦那が可愛そうだと云って連れて来たのだ、出合いじゃアねえぜ」
 亭「左様ですか、それじゃアさア/\此方(こっち)へ/\」
 と間の悪そうな顔をして座敷へ案内を致しまして、これから娘の介抱致すと、元より凍えたのですから我に返って目を開き、側を見ると燈火(あかり)が点(つ)いて、見馴れぬ人計りいるから、恟(びっく)りしてキョト/\して居りますのを文治が見ると、年齢(としごろ)十六七で、目元に愛敬のある色の白い別嬪(べっぴん)ですが、髪などは先々月の六日に結(ゆ)った儘(まゝ)で、それも髪結(かみゆい)さんが結ったのではない、自分で保(もち)のよいように結ったのへ埃(ごみ)が付いた上をコテ/\と油を付け、撫付(なでつ)けたのが又毀(こわ)れましたから鬢(びん)の毛が顔にかゝり、湯にも入らぬと見えて襟垢(えりあか)だらけで、素袷(すあわせ)一つに結(むすび)っ玉の幾つもある細帯に、焼穴(やけあな)だらけの前掛を締めて、穢(きた)ないとも何(なん)とも云いようのない姿(なり)だが、生れ付の品と愛敬があって見惚(みと)れるような女です。
 文「美(い)い女だのう」
 森「なぜ此の位(くれえ)な顔を持っていて、穢ない姿(なり)をしているでしょう、二月(つき)しばり位(ぐれえ)で妾(めかけ)にでも出たらば好(よ)さそうなものですなア」
 文「姉さん心配しちゃアいけません、此処(ここ)は立花屋と云う料理屋で、私(わし)はつい此の近辺の者で浪島文治郎と云う者だが、お前が天神様の前に雪に悩んで倒れている所へ通り掛って、お助け申して来て、介抱した効(しるし)があって漸々(よう/\)気がついて私(わし)も悦ばしゅうございますが、決して心配をなさいますなよ」
 森「おい姉さん、本当に旦那が介抱してやったのだから、有難いと云って礼を云いな」
 文「なぜそんな事を云うのだ、恩にかけるものじゃないわサ、もしお前さんは何処(どこ)のお方だえ」
 と問われて娘は「はい」と羞(はず)かしそうに顔を上げて、
 娘「私(わたくし)は本所松倉町(まつくらちょう)二丁目に居ります者でございます」
 文「お前さんは此の雪の中を何の願掛(がんがけ)に行(ゆ)くのだえ、よく/\の事だろうね」
 森「姉さんなんで願掛をするんだえ、縁遠いのかえ」
 文「黙っていろよ……してどう云う訳か知らないが夜中に娘一人で斯(こ)う云う所へ来るのは宜しくないよ」
 娘「はい、親父(おやじ)が長々の眼病で居りまして、お医者様にも診(み)て貰いましたが、迚(とて)も療治は届かないと申されましたから、切(せ)めて片方(かた/\)だけでも見えるように致したいと思って御無理な願いを天神様へ致しました、それ故に寒三十日の間、毎晩お百度に参りますのでございます」
 文「へー感心な事だねえ、嘸(さぞ)御心配だろうね……それ見ろ森松、お父(とっ)さんがお眼が悪いのだって、感心じゃアないか」
 森「眼の悪いのなら多田(たゞ)の薬師が宜(よ)かろうに、天神様が眼に利きますかえ」
 文「姉さん、お前さんが斯うしてお百度に出なさる間お父さんの看病は誰がしますか、お母(っか)さんでもありますかえ」
 娘「いゝえ親一人子一人でございます、長い間の病気で薬代や何かの為に何もかも売り尽しまして、只今では雇人も置かれません故、親父を寝(ねか)しつけておいて一人で参ります」
 文「それじゃ一人のお父さんを寝かしてお前一人で此処(こゝ)へ来るのかえ、そりゃア孝行が却(かえ)って不孝になる、お前の留守にどんな非常の事があるまいものでもない、若(も)し其の裏から火事でも出たらどうするえ、中々お前が余所(よそ)から駈付けても間にあうまい、其の時お長屋の方(かた)が我(わが)荷物は捨置き、お前のお父さんを助け出す人はなかろう、混雑の中だからどんな怪我がないものでもない、さすれば却って不孝になりますよ、神仏(かみほとけ)と云うものは家(うち)にいて拝んでも利益(りやく)のあるものだから、夜中に来てお百度を踏むのは止したほうがよろしい、未(ま)だそればかりじゃアない、お前さんのような容貌(みめ)よい女中が、深夜にあんな所に居て、悪者に辱(はず)かしめられたらどうするえ、又先刻(さっき)のように雪に悩んで倒れていて誰も人が来なかったらどうするえ、それ故どうかお百度に出るだけは止して下さい、信心ばかりで親父(おとっ)さんの眼は治らん、名医にかけて薬を服(の)ませなければならんから、薬を服まして信心をするが宜しい、何処(どこ)のお医者に診て貰ったえ」
 娘「はい、荒井町(あらいまち)の秋田穗庵(あきたすいあん)さんと云うお医者様に診て戴きましたが、真珠の入る薬を付ければ治るけれども、それは高いお薬で貧乏人には前金(ぜんきん)でなければ遣(や)られないと仰しゃいましたけれど、四十金もなければなりませんそうでございます」
 文「フム、それでは四十金で必ず治ると医者が受合いましたかえ、それじゃア爰(こゝ)に四十金持合せがありますから、これをお前さんに上げましょう」
 森「旦那、何をするのです、およしなせえ、おまえさんは知らないが斯う云うものには贋物(にせもの)が多い、貧乏人の子供が表に泣いていて、親父(ちゃん)もお母(かあ)もいない、腹がへっていけねえと云ってワーッと泣くから、可愛そうだと思って百もやると材木の間に親爺(おやじ)が隠れていて、此方(こっち)へ来い/\と云って、又人が来ればワーッと泣き出す奴があります、又躄(びっこ)だと思った乞食(こじき)が雨が降って来ると下駄を持って駈出(かけだ)しやす、世間にはいくらもある手だから、これも矢張(やっぱ)り其の伝でしょう、お止しなせえ/\」
 文「まア宜しい、黙っていろ、姉さん爰に四十金あるからこれをお前に上げましょう、其の代りお百度に出る事はお止め申すよ」
 娘「はい、どう致しまして、見ず知らずの方に四十金と云う大金を戴く事は出来ません」
 亭「折角(せっかく)だから戴いて行(ゆ)きな、これは業平橋にお住居(すまい)なさる文治様と云う旦那だよ」
 娘「有り難うございますが、親父が物堅うございますから、仮令(たとえ)手拭一筋でも人様から謂(いわ)れなく物を戴いて参ると直(すぐ)に持って往って返えせと申しますくらいでございますから、金子などを持って往(ゆ)けば立腹致して私(わたくし)を手打にすると申すかも知れません、戴きたい事は山々でございますが、私(わたくし)が持って帰っては迚(とて)も受けませんから、お慈悲序(つい)でに恐れ入りますが、貴方が持って往って直(じか)に親父にお渡し下されば親子の者が助かります、眼さえ治れば直(すぐ)にお返し申しますから何卒(どうぞ)そう為すって下さいまし」
 文「はい/\これはお前さんに遣るのは悪るかった」
 森「これは真物(ほんもの)ですなア、贋物なら直(すぐ)に持って往(ゆ)くのだが、こりゃア真物だ」
 文「姉さんお前は何処(どこ)だえ」
 娘「はい、松倉町二丁目でございます」
 文「それは聞いたがお前の家(うち)は松倉町の何(ど)の辺だえ」
 娘「はい、葛西屋(かさいや)と云う蝋燭屋(ろうそくや)の裏でございます」
 森「フム、けちな蝋燭屋だ」
 文「お父さんは何をしておいでだえ」
 娘「筆耕書(ひっこうかき)でございます」
 森「なんだとシッポコかきだとえ」
 文「なアに版下(はんした)を書くんだ、お父さんの御尊名は何と仰しゃいますえ」
 娘「はい小野庄左衞門(おのしょうざえもん)と申します」
 文「何処(どちら)の御藩中ですか」
 娘「中川山城守(なかがわやましろのかみ)の藩中でございます」
 文「士気質(さむらいかたぎ)ではうっかりお受取(うけとり)なさいますまいから、明日(みょうにち)私が持って往って上げましょう、気を付けてお帰んなさいよ」
 娘「有難うございます、左様なら」
 文「此処にお茶受に出たお菓子があるから持っておいで、あれさ、食物(たべもの)は宜しい」
 と紙へ沢山包んで、
 文「さアお持ちなさい」
 と出された時は孝行な娘だから親に旨い物を食べさせたいが、窮して居りますから何一つ買って食べさせられないから、
 娘「有難うございます」
 と云って手に取って貰う時に、始めて文治の顔を見ますと、美男の聞えある業平文治でござります、殊(こと)に見ず知らずの者に四十金恵んで下さるとは何たる慈悲深い人だろうと、我を忘れて惚れ/″\と見惚(みとれ)て居りまして、思わず知らず菓子の包みをバタリッと下に落しました。
 森「姐(ねえ)さん落しちゃアいけねえぜ、折角お呉れなすッたのだから」
 娘「はい」
 と云って羞かしいから真赤になって立上るを、
 文「姉さん、帰るんならどうせ通道(とおりみち)だから送って上げよう、大きに御厄介(ごやっかい)になりました、明日(あした)来て奉公人や何かへ詫(わび)をしましょう」
 亭「どう致しまして、明日(みょうにち)またお母様(っかさま)へお肴を上げますから」
 文、森「左様なら」
 と娘と連れ立って松倉町の角(かど)まで来ました。
 娘「有難うございます」
 文「それでは明日(あした)往(ゆ)きますよ」
 娘「有り難うございます/\」
 と云って幾度も跡を振り返って見ますのは、礼が云いたいばかりではない、文治の顔が見たいからでございます。
 娘「有り難うございます/\」
 と云いながら曲り角などはグル/\廻りながら礼を云いますから、
 森「旦那美(い)い女ですなア」
 文「貴様は女の美いのばかり賞(ほ)めているが、顔色容貌(かおかたち)ばかりではない、親に孝行をすると云う心掛が善(い)いなア」
 森「そうですなア、心がけがいゝねえ」
 文「どうも屋敷育ちは違うなア」
 森「屋敷育ちは違いますなア」
 文「金も受けない所がえらい」
 森「金を受けないところがえらい」
 文「感心だ」
 森「感心だ」
 文「同じ事ばかり云うな」
 と話をしながら橋を渡って来ると、向うから前橋(まえばし)竪町(たつまち)の商人(あきんど)が江戸へ商用で出て来て、其の晩亀戸(かめいど)の巴屋(ともえや)で友達と一緒に一杯飲んで、折(おり)を下げていたが酔っているから振り落して仕舞って、九五縄(くごなわ)ばかり提げ、相合傘(あい/\がさ)で踉(よろ)けながら雪道の踏堅めた所ばかり歩いて来ますが、ヒョロリ/\として彼方(あっち)へ寄ったり此方(こっち)へ寄ったり、ちょうど橋詰まで来ると、此方から参ったのは剣術遣(つか)いのお弟子と見えて奴(やっこ)蛇(じゃ)の目(め)の傘をさして来ましたが、其の頃町人と見ると苛(ひど)い目に合わせます者で、
 士「さア除(ど)け/\素町人(すちょうにん)除け」
 と云うから見ると士(さむらい)だから慌てゝ除(よ)けようと思うと、除ける機(はずみ)にヒョロ/\と顛(ころが)ります途端に、下駄の歯で雪と泥を蹴上(はねあ)げますと、前の剣術遣いの襟(えり)の中へ雪の塊が飛込みましたから、
 士「あゝ冷たい、なんたる奴だ、あゝ冷たい/\、これ町人倒れたぎりで詫を致さんな、無礼至極な奴だ、何(なん)と心得る、返答致せ」
 と云われ漸(ようや)く頭を挙げて向うを見てもドロンケンだから分りません。
 商「誠に大変酔いまして、エー何(なん)とも重々恐れ入りやした、田舎者で始めて江戸へ参(めえ)りやして、亀井戸(かめいど)へ参詣して巴屋で一杯(ぺい)傾けやした処が、料理が佳(い)いので飲過ぎて大酩酊(おおめいてい)を致し、足元の定(さだま)らぬ処から無礼を致しやして申し訳がありやせん、どうか御勘弁を願いやす」
 士「なんだ言訳に事を欠いて巴屋でやり過ぎたとはなんだ」
 商「些(ち)とやり過ぎやした、どうも巴屋はなか/\旨く食わせやすなア」
 士「言訳をするのに巴屋はなか/\旨く食わせるなどとは不埓(ふらち)な申分(もうしぶん)、やい其処(そこ)に転がっているのは供か連れかなんだ」
 商「ヒエイ」
 と頭は上げましたが舌が少しも廻りません。
 商「エーイ主人がね此方(こっひ)へ除(よ)えようとすう、て前(もえ)も此方(ほっひ)へ除(お)けようとする時に転(ほろ)がりまして、主人の頭と私(うわし)の頭と打(ぼつ)かりました処が、石頭(ゆいあさま)で痛(いさ)かった事、アハア冷(しべ)てえや」
 士「こんな奴は性(しょう)のつくように打切(ぶったぎ)った方が宜しい、雪へ紅葉(もみじ)を散してやりましょう」
 士「それが宜しい、遣って仕舞いましょう」
 と云う声を聞いて両人(ふたり)とも真青になって、雪の中へ頭を摺り付け、
 商「何卒(どうぞ)御勘弁なすって下さいまし/\」
 士「勘弁はならん、切って仕舞う」
 と云うのを文治が塀のところで見て居りましたが、
 文「森松悪い奴だのう」
 森「何(なん)です、雪の中へ紅葉とは何の事です」
 文「彼(か)の二人を切ると云うから己(おれ)が鳥渡(ちょっと)詫びてやろう」
 森「お止しなさい/\」
 文「どうも見れば捨置く訳にはいかんから」
 と織色(おりいろ)の頭巾(ずきん)を猶(な)お深く被(かぶ)って目ばかり出して士(さむらい)の中へ入り、
 文「えー御両所、此の者どもは二人共酔って居りますから、どうか免(ゆる)してやって下さい、そんなに人を無闇に切るものでは有りません」
 士「貴公はなんだ、捨ておけ、武士に向って不礼(ぶれい)至極、手打に致すは当然(あたりまえ)だわ、それとも貴公は此の町人の連(つれ)か」
 文「いゝえ通り掛りの者ですが、此の者どもを切るのは人参(にんじん)や大根を切るより易(やす)いではござらぬか、夜中(やちゅう)帯刀して此の市中を歩いて、無闇に刀を抜いて人を切るなどと云う事を仰しゃれば、先生のお名前にも係(かゝわ)りましょうから、サッサとお宅へお帰んなさい」
 士「無礼至極、不届至極な事を云う奴だ」
 文「何が不届です、斯様(かよう)な弱い奴を切るのは犬を切るのも同じ事でござる、士(さむらい)と云う者は弱い者を助けるのが真の武士、お前さん方は犬でも切って歩きそうな顔付だ」
 士「最前から聞いて居れば手前は余程(よっぽど)付け上って居(お)るな、此の町人は謂(いわ)れなく切るのではない、余り無礼だに依(よ)って向後(きょうこう)の戒(いましめ)の為切捨(きりすて)るのだ、然(しか)るに手前は仲人(ちゅうにん)のくせに頭巾を被って居(お)るとは失礼な奴だ、頭巾を取れ」
 文「お前さんが頭巾を取って宜しかろう、仲人が来(きた)らば先(ま)ず其方(そっち)から頭巾を取って斯様々々な訳で有るからと話をすれば、仲人も頭巾を取るが、喧嘩の当人の方で被っているから仲人の方でも被っているのは当然(あたりまえ)だ」
 士「不届至極な奴だ、素町人を切るより此奴(こやつ)を切ろう」
 士「それが宜しい」
 文「これは面白い、私(わし)を代りに切って此の両人を助けて呉れゝば切られましょう、さア/\田舎のお方、早く行(ゆ)きなさい/\」
 と云うと生酔(なまよい)も酔が覚め、腰が抜けて迯(に)げる事が出来ませんで、這(は)いながら板塀の側に慄(ふる)えておりますと、剣術遣いはジリ/\ッと詰寄って参ったから、文治は油断をしませんでプツリッと長脇差の鯉口(こいぐち)を切って、
 文「さア代りに切られますが、今の両人と違って切るのは些(ちっ)とお骨が折れましょう、手が二本足が二本あって動きますから気を付けて切らんと貴方(あなた)の方の首が落ちましょう」
 士「やア此奴(こいつ)悪々(にく/\)しい奴だ、此方(こっち)で切ろうとも云わないに切られようとする馬鹿な奴だなア」
 文「さア切れる腕があるなら切って見ろ」
 士「さア切るぞ」
 と彼(か)の士が大刀の※(つか)へ手を掛けて詰め寄りますから、文治は半身(はんしん)下(さが)って身構えを致しましたが、一寸(ちょっと)一(ひ)と息吐(つ)きまして直(すぐ)に後(あと)を申し上げます。
 

  

 浪島文治が本所(ほんじょう)業平橋に居りましたゆえに人綽名(あだな)して業平文治と申しましたとも云い、又男が好(よ)いから業平文治と申したとも仰しゃる方があります。尤(もっと)も業平朝臣(あそん)と云うお方は美男と見えまして、男の好いのは業平のようだといい女で器量の好いのを小町(こまち)のようだと申しますが、業平朝臣は東国(あずま)へお下りあって、暫(しばら)く本所業平村に居りまして、業平橋の名もそれゆえに起りましたそうでございますが、都へお帰りの時船が覆(くつがえ)って溺死(できし)されましたにより、里人(さとびと)愍(あわ)れと思って業平村に塚(つか)を建てゝ祭りました、それゆえに前には船の形を致しました石塚でありましたそうで、其の頃は毎月(まいげつ)廿五日は御縁日で大分(だいぶ)賑(にぎわ)いました由にございます。其の天神前で文治は計らずも助けました娘は、親父(おやじ)が眼病ゆえ毎夜親の寝付くを待って家(うち)を抜け出して来て、天神様へ心願を掛けましたと云う事を聞いて、文治が不憫(ふびん)と思って四十両の金を遣(や)りましたけれども、娘は堅いからとんと受けませんで、親父に手渡しにしてくれと云うから、文治も感心し、介抱して松倉町の角まで送って来ると、前(ぜん)申しました剣術遣いの内弟子でございましょう、荒々しい士(さむらい)が無法にも商人(あきんど)を斬ろうとする所ですから、文治が中へ入って和(やわ)らかに詫をすると、付けあがり、容赦はしない、打(ぶ)ち斬って仕舞うと云いながら長柄(ながつか)へ手を掛けたから、文治もプツリッと親指で鯉口を切り、一方(かた/\)の手には蛇の目の傘を持ち、高足駄(たかあしだ)を穿(は)いた儘両人の中へ割込むと、
 士「此奴(こやつ)中々出来そうな奴だ」
 と云いながら刀を抜うとする処を、文治が蛇の目の傘を以て一人の膝(ひざ)を打ちますと、前へドーンと倒れるのを見て、一人の士は真向(まっこう)上段に一刀を振りかざして、今打ちおろそうとする奴を突然(いきなり)傘の轆轤(ろくろ)で眼と鼻の間へ突きをいれまして、倒れる処を其の者の抜きました長物(ながもの)で刀背打(むねうち)に二ツ三ツ打(ぶ)ちましたが、七人力ある人に打(ぶた)れたのですから堪(たま)りません、
 士「まえった、御免を蒙(こうむ)る、酩酊(たべよっ)て怪(け)しからん訳でござる、お詫を致す、お免(ゆる)し下さい」
 文「お前さん方は長い物をさして、人を劫(おびや)かすのは宜しくありません、お師匠様の御名儀にも係(かゝわ)ります、以後たしなまっしゃい」
 士「恐れ入ります」
 と云いながら刀を拾って逃出(にげだ)しましたから、
 文「そんな鈍刀(なまくら)では人は斬れません」
 と笑いながら文治は跡を見送って、
 文「只今のお方は何処(どちら)においでなさるな」
 商「へーこれに居ります、貴方(あんた)の御尊名は何(なん)と仰しゃいますか、手前は上州(じょうしゅう)前橋竪町(たつまち)松屋新兵衞(まつやしんべえ)と申しますが、貴方の今の働きは鎮守様かと思いやした」
 文「いや/\名なんどを名告(なの)るような者ではありません、無禄(むろく)無官の浪人で業平橋に居(お)る波島文治郎と申すものでございます」
 商「明日(みょうにち)早速お礼に参りますから」
 文「いゝえ宅(たく)へ来てはいけません、私が喧嘩の中へ入ったなどと云う事を母が聞きますと心配致しますから、お出(いで)は御無用です、貴方(あなた)の御旅宿(ごりょしゅく)は何処(どちら)でございますえ」
 商「はい、山の宿(しゅく)の山形屋(やまがたや)に泊って居ります」
 文「左様なら明日序(ついで)があれば私の方からお尋ね申します」
 と云い棄てゝ文治は森松を連れて帰りましたが、母には喧嘩のけの字も申しません。翌日は雪の明日(あした)で暖かな日ですから、昨夜の女に四十金恵もうと、本所松倉町の裏家住居(うらやずまい)小野庄左衞門の宅へ尋ねて参りました。此の庄左衞門は元(も)と中川山城守の家来で、二百石取りましたものでございますが、仔細あって浪人致し、眼病を煩(わずら)い、一人の娘が看病をして居りますが、娘は孝行で、寒いのに素袷(すあわせ)一枚で、寒さも厭(いと)わず拭(ふ)き掃除をして居りますと、杖(つえ)を曳(つ)いて小野庄左衞門が門口から、
 庄「今帰って来たよ」
 町「おやお父様(とっさま)、お帰り遊ばせ」
 庄「雪の翌日(あした)で大きに凌(しの)ぎ宜(よ)いのう」
 町「はい、今日(こんにち)はお外でもお暖かでございましょう」
 庄「あゝ医者が外へ出るのは能(よ)くないと云うから家(うち)にいてお茶でも入れようかな」
 町「あの、生憎(あいにく)お茶が切れました」
 庄「茶を買ったら宜かろう」
 町「はい、生憎お鳥目(ちょうもく)が切れました」
 庄「いやそれは困りました、屑屋(くずや)でも来たら何か払っておいたら宜かろう」
 町「さア払う物もございません、それにお天気都合が悪いので二三日参りませんから、先(せん)のお鳥目が切れましたから、お茶を買いますお鳥目がございません」
 庄「紙屑買などが来ないと貧乏人は困るなア、己(おれ)も細字(さいじ)は書けないが大字(だいじ)なら書けるから少しでも見えるようになればよいのう」
 町「お父さまは少しお見え遊ばすと直(じ)きお外出(そとで)をなすっていけませんから、寧(いっ)そお見え遊ばさない方が宜しゅうございます」
 庄「何故(なぜ)え」
 町「先達(せんだっ)ても少しお見え遊ばすと云って、つい其処(そこ)までおいでなさると仰しゃいますから、私(わたくし)が窃(そっ)とお跡を尾(つ)けて参りますと、知れない横町からお頭巾をお被り遊ばし、袂(たもと)から笛をお出し遊ばして、導引揉療治(どういんもみりょうじ)と仰しゃってお歩き遊ばしましたから、私(わたくし)は恟(びっく)りして宅(うち)へ帰り、お父さまが人の足腰を揉んでも私(わたくし)に苦労をさせないように遊ばして下さる其の御膳(ごぜん)を戴いて食べるのは実に勿体ない事だと思って、あの時は御膳が刺(とげ)のように咽(のど)へたって戴けませんでした、私(わたくし)が男ならお父様にあんな真似はさせませんが、悔しい事には女でございますから、お父様のお手助けも出来ず、誠に不孝でございますと思って泣いてばっかり居りました」
 庄「あゝもう/\そんなことを云うな、中々私(わし)の方がお前に気の毒だ、用がないからそんな真似をするのだから悪く思って呉れるな、私(わし)も屋敷に居れば手前にも不自由はさせず、好きな簪(かんざし)を買ってやられるが、私(わし)が重役と中の悪い処から此の様に浪人致し、お前は何も知らない身分で、住み馴れぬ裏家住居、私(わし)に内証(ないしょう)で肌着(はだぎ)までも売ったようだが、腹の空(へ)った顔も見せず、孝行を尽して呉れるに、なんたる因果のことか、此の貧乏の中へ眼病とは実に神仏(かみほとけ)にも見放されたことかと、唯(たゞ)私(わし)の困る事よりお前に気の毒でならない」
 町「あゝお父様勿体ないことを仰しゃって下さいますな」
 庄「まア/\そんなことを云うな、清貧と云って清らかな貧乏は宜しいが、汚(けが)れた金を以(もっ)て金持と云われても詰らん、あゝ清貧と云えば昨夜天神の前でお前が癪の起った時、御介抱なすって下すった御仁は御親切な方だなア」
 町「お父様、其のお方は実に御親切な方でございます、業平橋に在(い)らっしゃる文治郎様と仰しゃいます方だそうですが、私(わたくし)がお父様の御眼病の事をお話し申しました処が、そういう訳ならこれを持って行(ゆ)けと仰しゃってお金をお出し遊ばしまして」
 庄「そうだってのう、見ず知らずの者に四十金を恵むと云うのは感心な方だのう」
 町「其の方は屹度(きっと)今日家(うち)へ入(いら)っしゃいますよ」
 庄「来られちゃア困るなア、そんな方が入らしっては実に赤面だ」
 町「それでも屹度来ますよ」
 庄「困るなアお茶でも入れて上げな」
 町「お茶はございませんよ」
 庄「それではお菓子でも」
 町「お菓子は昨夜(ゆうべ)戴いたのを貴方(あなた)が三つあがって、あとは仏様に上げてありますから、あれを上げましょうか」
 庄「それでも戴いたものを又上げるのは変だのう」
 町「あれ入っしゃいましたよ」
 庄「文治郎様が入っしゃいましたと」
 町「なアにそうじゃアございませんでした、秋田穗庵さまが入しったのでした」
 庄「まア此方(こっち)へお上りなさい」
 秋「はい今日(こんち)は番町(ばんちょう)辺(へん)に病人があって参り、帰りがけですが貴方のお眼は何(ど)うでございますな」
 庄「些(ち)っとも癒(なお)りません、少しも顕(げん)が見えません、どうもいけませんから、これじゃア薬も止(や)めようかと思って居ります」
 秋「それがナ貴君(あなた)のお眼は外障眼(がいしょうがん)と違い内障眼(ないしょうがん)と云って治(じ)し難(がた)い症ですから真珠(しんじゅ)、麝香(じゃこう)、竜脳(りゅうのう)、真砂(しんしゃ)右四味(しみ)を細末にして、これを蜂蜜(はちみつ)で練って付ける、これが宜しいが、真珠は高金(こうきん)だから僕のような貧乏医者は買って上げる訳にいかん、それに就いて兼(かね)て申上げました此方(こちら)のお娘子(むすめご)がお美しいと云うことを、北割下水(きたわりげすい)の大伴(おおとも)と云う剣客(けんかく)へ話した処が、是非世話をしたいから話しをして呉れと云うから、先日貴方へ申上げた事がありますが、お堅いからお聞済(きゝずみ)がないが、時世で仕方がないから、諦めて貴方が諾(うん)と云えば僕が先方へ参って話をすれば、お目薬料ぐらいは直(じき)に出ますからそうなさいな」
 庄「いゝえ、そんな話は止(や)めて呉れ、お前が来るとそんな事ばかり云うが、私(わし)には一人の娘を妾(めかけ)手掛(てかけ)に遣るくらいなら裏家住居はしません、そんな話をされると耳が汚(けが)れるから止して呉れ」
 秋「貴君(あなた)はお堅いがね小野氏(うじ)、僕もいろ/\丹誠して癒らんければ名にも係(かゝわ)るから、お厭(いや)でもお娘子をお遣(つか)わしになれば、目薬料が出て御全快になって、而(しこう)して後(のち)のことでございます」
 庄「いや眼は盲(つぶ)れても宜しい、お前さんの薬はもう呑まないよ」
 秋「それじゃア無理には申さんから宜しいが、お嬢さま、お父様(とっさま)はあの通りお聞入れはないが、私(わたくし)の帰った後(あと)で能くお父様と御相談なさいよ、お父様がいやと仰しゃっても貴女(あなた)がおいでなさると云えば、お父様のお眼も癒るから、いやでも承知しなければなりません、何(いず)れ又出ますよ、左様なら」
 庄「いやな奴だ、来ると彼奴(あいつ)あんなことばかり云っている、医者が下手だから桂庵(けいあん)をしているのだろう」
 と云っている処へ参りましたのは、藍(あい)の衣服(きもの)に茶献上の帯をしめ、年齢は廿五歳で、実に美しい男で、門(かど)へ立ちまして、
 文「御免なさい」
 町「お父様(とっさま)入っしゃいましたよ」
 庄「誰方(どなた)かえ」
 町「文治郎様が」
 庄「さア何卒(どうぞ)これへお上り遊ばしませ」
 文「昨夜はどうも、これはお礼で恐れ入ります、貴女(あなた)が御無事でお帰りかと後(あと)で大きにお案じ申しました、あれから直ぐにお帰りでしたか、へー此方(こなた)がお父様(とっさま)でございますか、初めてお目に懸りました、手前は業平橋に居ります浪島文治郎と申す武骨ものでございます、お見知りおかれて以後御別懇に願います」
 庄「へー、手前は小野庄左衞門と申す武骨の浪人御別懇に懸(ねが)います、扨(さて)昨夜は娘町(まち)が計らず御介抱を戴き、殊(こと)にお菓子まで頂戴致し、帰って参ってこれ/\と申しますから、有難く存じ、只今も貴方(あなた)のお噂をして居りました……これ町やお茶を、あイヤお茶は無かったッけ、お湯をあげな、まアこれへお進み下さい」
 文「始めてお目に懸って誠に御無礼なことを申して、お気に障るか知れませんが、昨夜お嬢様に段々御様子を伺った処が、御運悪くお屋敷をお出になって御浪人遊ばした処が、御眼病をお煩いのよし、それを嬢様が御心配遊ばして、お感心に寒(かん)三十日の間跣足(はだし)参りをなさる、手前も五十八歳になる母が一人ございますが、少し風を引いて頭痛がすると云われても、若(も)しものことがありはしないかと思って心配するのは、子の親を思う情合(じょうあい)ですから、嬢様のお心もお察し申して段々お尋ね申した処、秋田穗庵とか云う医者が真珠の入った薬なれば癒るが、それをあげるには四十金前金(まえきん)によこせと申したそうで、就(つい)ては誠に失礼でございますが、持合(もちあわ)せている四十金を差上げますから、これでその真珠とやらを購(か)い整え、御全快になれば手前に於(おい)ても悦ばしく存じ、又お嬢様に於ても御孝行が届きますから、誠に失礼でございますが、此の金は明いて居(お)る金でございます、お遣い遊ばして下さいまし」
 庄「へい/\忝(かたじけ)のうございます」
 と片手を突いて見えない眼で文治を見まわして、
 庄「あゝ貴方様は判然(はっきり)は見えませんから分りませんが、お若いお立派な方で、殊に御発明で御孝心の深いことはお辞(ことば)の上に見えすくようで、私(わし)も五十八になる母があるが、少し加減が悪いと恟(びっく)りすると仰しゃるのは御孝心な事で感心でござる、それに見ず知らずのものに四十金恵んで下さるのは誠に有難うございます、お志ばかり頂戴いたしますが、金はお返し申しますから、どうかお持ち帰りを願います」
 文「それでは困ります、折角持って参った金ですからどうかお受け下さいまし」
 庄「いや/\受けません、見ず知らずのお方に四十金戴く訳がございません」
 文「見ず知らずでございますが、昨夜お嬢様にお目に懸ったのが御縁でございます、躓(つまず)く石も縁の端(はし)とやら、貴方の御難儀を承っては其の儘にはおけません、どうかお受け下さいまし」
 庄「どう致して、とても受けられません」
 文「左様なら此の金を上げると云っては失礼でございますが、兎(と)に角(かく)明いて居(お)る金でございますからお遣い下さい」
 庄「いや/\借(かり)ても今の身の上では返えせる目途(もくと)がありませんからお借り申すことは出来ません」
 文「それではお嬢様に」
 庄「いや/\娘も戴く縁がありません」
 文「さア貴方はお堅いが、能くお考えなすって御覧なさい、貴方がいつまでもお眼が悪いと唯(たっ)た一人のお嬢様が夜中(やちゅう)に出て神詣(かみまい)りをなさるのは宜しいが、深夜に間違いでもあれば、これ程お堅い結構な方に瑾(きず)を付けたら何(ど)うなさる、私(わたくし)が金を上げると申したら御立腹でござろうが、子の心を休めるのも親の役でございます、文治郎が失礼の段は板の間へ手を突いてお詫をします、他人と思召(おぼしめ)さずにお受(うけ)を願います」
 庄「あゝこれ/\お手をお上げ下さい、貴方は何(なん)たるお方かなア、大金を人に恵むに板の間へ手を突いて、失礼の段は詫ると云う、誠に千万忝(かたじ)けのうござる、只今の身の上では一両の金でも貸人(かして)のない尾羽(おは)打枯(うちから)した庄左衞門に、四十金恵んで下さるは、屋敷に居りました時千石加増したより忝けのうござるがナ、手前強情我慢で、これまでは涙一滴溢(こぼ)さんが、今日(こんにち)只今嬉し涙と云うことを始めて覚えました、なれども此の金は受けられませんから、どうかお持帰りを願います、それを貴方がいつまでも手を突いて仰(おっし)ゃれば致し方がないから切腹致します」
 文「あゝそれは困ります、成程お堅いから仕方がないが、然(しか)らば金で持って参ったから受けて下さるまいが、薬なら受けて下さるだろうな」
 庄「薬も廿四銅か三十銅の品なら受けますが高金(こうきん)の品では受取れません」
 文「左様なら致し方がないが、どうかお気に障(さ)えられて下さるな」
 庄「どう致しまして、これお茶を、お茶も上げられません、貴方に戴いたお菓子が二ツ残って居ります、彼(あ)れをお上げ申せ」
 文「どう致しまして、左様ならお暇(いとま)申します」
 町「親父は頑固(いっこく)ものですから、お気に障りましたろうが、どうか悪く思召さないで下さいまし、御機嫌(ごきげん)宜しゅう」
 と板の間まで出て見送ります。文治もどうかして金を遣りたいが、所詮金では受けないから薬にして持って往って遣ろうかと、いろ/\に工夫をしながらうか/\と路地を出に掛りますと、入って来たのはまかな[#「まかな」に傍点]の國藏と云う奴で、九月の四日に文治に拳骨で擲(は)り倒されまして、目が覚めたようになって頻(しき)りに稼(かせ)いで、此の長家(ながや)へ越して来たと見えて、夜具縞(やぐじま)の褞袍(どてら)を着て、刷毛(はけ)を下げまして帰って来まして、文治と顔を見合せて恟(びっく)りしました。
 國「おや旦那」
 文「おう國藏か、どうした」
 國「こりゃア不思議だ、貴方(あんた)は何(ど)うして此処(こゝ)へ」
 文「少し知己(しるべ)があって来たが、此の節は辛抱するか」
 國「えい漸(ようや)く辛抱するようになって、私(わっち)が仕事をするようになって、先(せん)の家(うち)では狭いから此処へ越して来たが、家(うち)のお浪はお前さんを有難がって、お目に懸りたいと云っても、貴方の処へは最(も)う上れねえが、幸い今日は店振舞(たなぶるまい)で障子が破れていて仕様がねえから刷毛を借りて来て張る処だ、鳥渡(ちょっと)宅(うち)へ往って蕎麦(そば)のお初(はつ)うを食ってやっておくんなせえ、お浪/\業平橋の旦那にお目に懸ったからお連れ申したよ」
 浪「おやまア不思議じゃアないか、此方(こっち)の心が届いて旦那にお目に懸られるのだねえ、さア/\此方(こちら)へ/\」
 國「さア此方(こちら)へ上って下せえ」
 文「好(い)い家(うち)だの」
 國「えゝ先(せん)の家(うち)より広いのは長家を二軒借りたから広くなりやした、なアに家なんざア何(ど)うでもいゝが、私(わっち)も畳の上で死なれるようになったのは旦那のお蔭です、忘れもしねえ九月の四日、私(わっち)が嚊を連れて旦那の処へ強請(ゆす)りに往った処が私(わっち)の襟首(えりっくび)を掴(つか)めえての御意見が身に染(し)みて、お奉行様の御理解でも聾(つんぼ)程も聞かねえ國藏が改心して、これから真人間になって稼ごうと思ったけれども、借金があって真面目になることが出来ねえと思っていると、お前(めえ)さんが金を下すったから、それで借金の目鼻を付け、四ツ目の親分の所へ往って、これから仕事をすると云った処が、親分も大層悦んで仕事をよこしてくれやしたが、先の家じゃア狭くって仕事が出来ねえから、今日此処へ移転(ひっこ)して来て、蕎麦を配るからどうか旦那にお初うを上げたいと思っていたが、丁度いゝ処でのうお浪」
 浪「本当ですよ、旦那様にお目に懸ってお礼を申し上げたいと思っても、着て行(ゆ)くものがありませんから損料でも借りて着て行(い)こうと思って」
 國「黙ってろ、おい/\お浪、何方(どこ)の蕎麦屋へでも早く往って大蒸籠(おおぜいろ)か何かそう云って来な、駈け出して往って来い、コヽ跣足(はだし)で往け、へい申し旦那、お浪の云う通り損料を借りて紗綾羽二重(さやはぶたえ)を着て往ってもお悦びなさる旦那じゃねえ、損料を着て往けば立派だが、その時限りのことで、家(うち)へ帰(けえ)って来れば直ぐなくなって仕舞うから、それよりゃアその金を借金方へ填(う)めて精出し、働らいて儲(もう)けた銭で買った着物を着て往かなけりゃアならねえと思って居りやす、旦那え不思議なことにゃアお浪が此の頃神信心(かみしんじん)を始めやした、彼奴(あいつ)は男を七人殺しやした奴ですぜ、それが手で殺すのじゃアねえのさ、皆(みんな)口で欺(だま)して殺すというのは、欺された男が身を投げたり首を縊(くゝ)ったりしやしたのさ、そう云う奴が観音様を拝むようになったから、観音様を拝んでも御利益(ごりやく)があるものか、それよりも首を継いでもらった旦那を拝めってなアお浪、あ、今彼奴は蕎麦屋へ行ったっけ」
 文「そりゃア悦ばしいのう、己(おれ)の云うことを聞いて手前が改心すれば、彼(あ)の時打擲したことは文治郎が詫るぞ」
 國「勿体(もってえ)ねえことをお云いなさる、此間(こないだ)親父の墓場へ往って石塔へ向って、業平橋の旦那のお蔭でお前(めえ)の下へ入(へい)れるようになったよと云ったが、親父も草葉の蔭で安心しましたろうと思いますのさ」
 文「これは誠に少しばかりだが、家見舞だから取って置いてくれ」
 國「旦那こんなことをなすッちゃアいけねえやね」
 文「手前の身祝いだから取って置いてくれ」
 國「あれサ、これを戴くと身を苦しめねえで貰った銭だから、折角戴いても軍鶏鍋(しゃもなべ)でも食って寝て仕舞ったり何かして為にならねえから止(よ)しておくんなせえ」
 文「それはそうだろうが、これは己(おれ)の志だから受けてくれ、また炭薪(まき)や何か入用(いりよう)ならいつでも取りに来るがいゝよ」
 國「有難うございます」
 と云われ文治も嬉しく思って居りますと、その内蕎麦が参りましたから馳走(ちそう)になって、四方山(よもやま)の話をして居りますと、一軒置いて隣りの小野庄左衞門の所へ秋田穗庵が剣術遣いを連れて来て、
 秋「さアこれへ/\」
 町「お父様(とっさま)又穗庵様が入っしゃいましたよ」
 庄「よく来るな、蒼蠅(うるさ)いなア」
 秋「先刻は誠に失敬を申して相済みません、あれから帰りがけに割下水の先生の所へ寄りますと、大呵(おおしか)られ、貴様の云いようが悪いから出来る縁談も破談になる、只(た)った一人の御息女を妾手掛に欲(ほし)いと云うから御立腹なすったのだ、此方(こちら)では御新造(ごしんぞ)に貰い受けたいのだ、御縁組を願いたいのだ、手前では分らんから此の方を御同道いたすようにと云って、これにお代稽古(だいげいこ)をなさる和田原八十兵衞(わだはらやそべえ)先生をお連れ申しました、さア先生これへ/\」
 八十「手前は和田原八十兵衞と申すもので、先程穗庵が参って御様子を伺うと、先生が殊の外(ほか)御立腹で、早速手前に参って申し開きをして参れと云い付けられて参ったが、先程穗庵が妾に貰い受けたいと申したのは全くの間違で、実は御新造にお貰い申したいと云うので、媒妁(なこうど)もお気に入らんければどのようにも致しますが、先生は最(も)う御息女をお貰い申したように心得て居って、貴方を御舅公(ごしゅうとご)のように心得て、御眼病がお癒(なお)りにならんければ困るからと云って、これへお目薬料として五十金持って参ったが、これではお少ないと思し召すかも知れませんが、暮のことでござれば春の百両とも思し召されて」
 庄「お黙んなさい、なんだ五十両では少いが春の百両とも思ってとはなんの事だ、穗庵私(わし)の娘をいつ此の先生の所へ遣りたいと申しました、遣るとも遣らんとも定(きま)らん内に金を持って来るとはなんだ、お前は媒妁口を利(き)いて宜(い)い加減のことを云ったのか、小野庄左衞門が貧乏して居(お)るから金にふるえ付くかと思って金を持って来たか」
 秋「これサ御立腹では恐入ります、実は」
 庄「黙んなさい、嫁に貰いようを知らんものがあるかえ、仮令(たとえ)浪人者でも、一人の娘を妾にはせん、婚礼の式は正しゅうしなければならん、お前の先生は嫁の貰いようを御存じないか、見合いも致さず、結納(ゆいのう)も取交(とりかわ)さず、媒妁も入れなければ婚姻にはならん、汚らわしい金なんぞは持って帰らっしゃれ」
 と膝の所へ金を打付(うちつ)けました。
 八十「これはしたり、何も金を持って来る訳ではござらんが、師匠が申したから持って参ったので」
 庄「師匠が金を持って往(ゆ)けと云ったら何故止めん、金を持って往けば先方で立腹するだろうとか何(なん)とか云って、止めなければならんのが弟子の道であるに、師匠が申付(もうしつ)けだと云って、それをいゝ事と心得、何故持って参った、師匠が馬鹿なら弟子まで馬鹿だ、馬鹿士(ざむらい)とは汝(なんじ)のことだわい」
 八十「此奴(こいつ)なんだ、怪(け)しからん、無礼至極」
 と云いながら長柄(ながつか)へ手をかけて抜こうとすると、小野は丸で見えんのではないから持って居った煙管(きせる)で臂(ひじ)を突きますと、八十兵衞は立上ろうとする途端にひょろ/\として尻餅を突くと、家(うち)が狭いから上流(うわなが)しへ落ちに掛りますと、上流しが腐って居りますから、ドーンと下流しへ落ちました、丸で馬陸(やすで)を見たようです。八十兵衞は愈々(いよ/\)立腹致し、刀を振上げて斬ろうとするから、穗庵もぴかりっと抜きましたがこれはぴかりっとは参りません、錆(さ)びて居りますから赤い粉がバラ/\と出て、ガチ/\/\と鉈(なた)のようなものを抜いて今斬ろうとする。庄左衞門は破(や)れた戸棚(とだな)からたしなみの刀を出してさア来いと云う。娘は慄(ふる)えながら両手をついて、
 町「何卒(どうぞ)お願いでございます、親父は眼病でございますから御勘弁なすって下さいまし」
 と云って泣いている騒ぎを、長屋の者が聞付け、一同心配していると、國藏も引越した計(ばか)り故驚きましたが、此の騒ぎを見て帰って来て、
 國「お浪、旦那をお帰(けえ)し申して、怪我をなすっちゃアいけねえからお帰(けえ)し申しな」
 文「何(な)んだ」
 國「今隣りの婆(ばあ)さんに聞くと、隣の娘を剣術遣いが妾にしてえ、銭も遣るから云う事を聞いてくれと云うと、その浪人者が飛んでもねえことを云うな、金に目をくれて娘を遣る奴があるものか、見損なやアがったか間抜野郎と云うと、剣術遣いが、おや此(こ)ん畜生(ちくしょう)なんだ此の唐偏木(とうへんぼく)め、貧乏をしているから助けて遣ろうというのだ、生意気な事をぬかしゃアがるなと云うので打合(たゝきあ)いが始まる、剣術遣いがその親父を斬ろうとする、娘が泣き出す、親父は眼こそ見えねえが中々聞かねえで、斬るなら斬れと云う喧嘩の最中だから旦那出ちゃアいけませんぜ」
 文「なに、一軒隔(お)いて隣は小野氏(うじ)の家に相違ないが、小野に怪我があっては相成らんゆえ、私(わし)が往って取鎮(とりしず)めて遣ろう」
 國「旦那が怪我をしちゃアなりませんからお止しなせえ」
 文「捨置く訳にはいかん、そこを放せ」
と云いながら日和(ひより)下駄を穿(は)いたなりで駈出(かけだ)し、突然(いきなり)喧嘩の中へ飛込みますると云うお話に相成りますのでございますが、一寸(ちょっと)一服致します。

  

 偖(さて)本所松倉町なる小野庄左衞門の浪宅へ、大伴蟠龍軒(おおともばんりゅうけん)と申しまする一刀流の剣術遣いの門弟和田原八十兵衞と、秋田穗庵という医者が参り、娘お町をくれろとの掛合(かけあい)になりましたが、庄左衞門は堅いから向うで金を出したのを立腹して、一言二言(ひとことふたこと)の争(あらそい)より遂にぴかつくものを引抜き、狭い路地の中で白昼に白刃(はくじん)を閃(ひらめ)かし、斬合うという騒ぎに相成りましたから、裏長屋の者は恟(びっく)り致し、跣足(はだし)で逃げ出す者もあり、洗濯婆(ばあ)さんは腰を抜かし、文字焼(もんじやき)の爺(じい)さんは溝(どぶ)へ転げ落るなどという騒ぎでございます。文治郎は短かいのを一本差し日和下駄を穿き、樺茶色(かばちゃいろ)の無地の頭巾を眉深(まぶか)に被(かぶ)って面部を隠し、和田原八十兵衞の利腕(きゝうで)を後(うしろ)からむずと押え、片手に秋田穗庵が鉈のような恰好(かっこう)で真赤に錆びたる刀を振り上げた右の手を押えながら、
 文「暫く/\何卒(どうぞ)暫くお待ちください、何事かは存じませんが、まア/\お話は後(あと)で分りまする事ですから、手前へお免じください、暫くお待ちください、まア/\」
 と後(うしろ)から押しまする。和田原八十兵衞は長いのを振上げたなり、
 八十「邪魔致すな其処(そこ)放せ」
 と云いながらこちらを振り向うとすると、ギュッと手を逆に捻(ねじ)る、七人力も有ります人に苛(ひど)く利き処を押えられ、痛くて向く事が出来ませんから、又左方(こちら)へ向うとすると、右へ捻りまするから八十兵衞は右と左へぐる/\して居ります。文治郎は、
 文「暫く/\」
 といいながら狭い路地を押し出して、表へ連れて参りました。後(あと)には娘お町が有難いお人だと悦んで居りました。國藏は又頻(しき)りに心配して、ぐる/\駈廻(かけまわ)って居りまする処へ文治郎が立帰(たちかえ)って参り、
 文「先(ま)ずお怪我がなくてお目出とうございました」
 町「おや、あなたは先程の文治郎さま、未(ま)だお帰りにはなりませんでしたか」
 文「御同長家(ごどうながや)の内に懇意な者が居りますので、おゝこれ此処(こゝ)に居ります此の國藏の宅に今まで居りました処、此の騒ぎ、怪(け)しからん奴でございましたなア」
 町「お父様(とっさま)、先程の文治郎様が今の人達を連れ出してくださいましたとの事、お礼を仰しゃいまし」
 庄「誠に種々(いろ/\)御厄介に相成りました、余り不法を申しますから残念に心得、一言二言云うと貴方(あなた)、白刃(はくじん)を振廻(ふりま)わし、此の狭い路地を荒す無法の奴でございます」
 國「もし旦那、彼奴等(あいつら)を何処(どこ)へ連れてお往(い)でなさいやしたえ」
 文「ウン、表の割下水(わりげすい)の溝(どぶ)の中へ投(ほう)り込んで来た」
 國「えゝ溝の中へ投り込んで来たとえ、苛(ひど)い事をお行(や)りなすったねえ、今に上ってきやアしませんか」
 文「上っても腕は利かん、逆に捻って胴を下駄で強(ひど)く蹴(け)て、手足を挫(くじ)いて置いたから這い上って帰るだろう」
 國「へえ苛い事をなさるねえ、私(わっち)は又何処(どっ)かの待合茶屋(まちあいぢゃや)へでも連れてって、扨(さて)如何(いかゞ)の次第でございますか、兎に角任せて下さいと云って、お前(めえ)さんが仲人(ちゅうにん)に入って、茶か何か呑ませているんだろうと思って居りました」
 文「茶などを呑ませてたまるものか、彼奴等(あいつら)は溝(どぶ)の水で沢山だ」
 國「だがねえ旦那え、それは好(い)いが、お前(めえ)さん藪(やぶ)を突(つッつ)いて蛇を出してはいけませんぜ、是りゃアとんでもない喧嘩になりますぜ」
 文「なぜ」
 國「何故ったってお前(めえ)さん、溝(どぶ)の中へ投(ほう)り込まれて黙っている奴はねえ、殊に相手は剣術遣い、兄弟弟子も沢山有りましょう、構ア事はねえ押込んで往(い)けと二十人も遣(や)って来られた日にゃ大騒ぎですぜ」
 文「それは来る気遣(きづかい)はない、心あるものなら師匠が止める、私(わし)は顔を隠して置いたから相手は知れない、そこで溝へ投り込んだのは私(わし)だか何(なん)だか訳が分らないから、心ある師匠なら一時(いちじ)止まれと言って止めるなア」
 國「師匠に心が有るか無いか知りませんけれども、お前(めえ)さん喧嘩に往くのに断って出るものが有りますか、私達(わっちたち)が湯屋で間違(まちげえ)をして拳骨の一ツも喰(くら)って来て、友達が之(これ)を聞いて外聞が悪いから押して往けと言う時に、親方へ一寸(ちょっと)喧嘩に往って来ますと断って出る者は有りますめえ、密々(こそ/\)と抜け出して出し抜(ぬけ)にわッと云って、大勢が長いのを振舞わして此処(こゝ)へ遣って来られた日にゃ大変じゃありませんか」
 文「もしや来たらお浪を遣(よこ)して私(わし)に知らせろ、そうして私(わし)の来る間手前(てめえ)は路地口の処へ出て掛合っていろ、手前(てまえ)は此の長屋の行事でございますが、何(ど)ういう訳で左様に長い物を振(ふる)って町家(ちょうか)をお荒しなさいまする、その次第を一応手前にお告げ下さいと云って出ろ」
 國「そりゃ否(いや)だね、行事だ詰らねえ事を云う、面倒臭いと斬られてしまいましょう、否(い)やだアねえ」
 文「若(も)し来たら知らせれば宜(よ)い、左様なら」
 と足を早めて往(ゆ)きますから、
 國「もし旦那、もし、あれだもの仕様がない、あれ旦那」
 と云うを耳にも止めず文治郎は平気(すまし)て帰って往(ゆ)きます。國藏は頻(しき)りに心配して大家さんへ届けたり、自身番を頼んだりぐる/\騒いで居りますると、文治郎の鑑識(めがね)に違(たが)わず、それっ切り仕返しにも来ませんでしたが、後(のち)に小野庄左衞門は蟠龍軒から怨(うらみ)を受け、遂に復讎(ふくしゅう)の根と相成りまするが、お話変ってこれは十二月二十三日の事で、両国(りょうごく)吉川町(よしかわちょう)にお村と云う芸者がございましたが、その頃柳橋(やなぎばし)に芸者が七人ありまする中で、重立(おもだ)った者が四人、葮町(よしちょう)の方では二人、後(あと)の八人は皆(み)な能(よ)い芸者では無かったと申します。丁度深川の盛んな折でございます、その頃佐野川市松(さのがわいちまつ)という役者が一と小間置(こまおき)に染め分けた衣裳へ工夫致しましてその縞(しま)を市松と名(なづ)けて女方(おんながた)の狂言を致しました時に、帯を紫と白の市松縞にして、着物を藍(あい)の市松にしたのが派手で、とんだ配合(うつり)が好(よ)いと柳橋の芸者が七人とも之を着ましたが中にも一際(ひときわ)目立って此のお村には似合いました処から、人之を綽名(あだな)して市松のお村と申しました。年は十九歳で親孝行で、器量はたぎって好(よ)いと云うのではありませんが、何処(どこ)か男惚(おとこぼ)れのする顔で、愛敬靨(あいきょうえくぼ)が深く二ツいりますが、尺(ものさし)を突込(つッこ)んで見たら二分五厘あるといいますが、誰(たれ)か尺を入れたと見えます。其の上しとやかで物数(ものかず)を云わず、偶々(たま/\)口をきくと愛敬があってお客の心を損ねず、芸は固(もと)より宜(よ)し、何一つ点を打つ処はありませんが、朝は早く起きて御膳焚(ごぜんたき)同様にお飯(まんま)を炊き、拭掃除(ふきそうじ)を致しますから、手足は皹(ひゞ)が絶えません、朝働いて仕まってからお座敷へ出るような事ですから、世間の評が高うございます、此の母親(おふくろ)はお崎(さき)婆(ばゞあ)と申しまして慾張(よくばり)の骨頂でございます、慾の国から慾を弘めに参り、慾の新発明をしたと云う、慾で塊(かたま)って肥(ふと)って居りまする。慾肥(よくぶと)りと云うのはこれから始まりました。娘お村に稼がせて自分は朝から酒ばかりぐび/\飲んで居りますると、矢張り此の頃の老妓(あねえ)で、年は二十七歳に相成りまする、お月と申します脊(せい)はすっきりとして芸が好(よ)く、お座敷でお客と話などをして居ります間に取持(とりもち)が上手と評判の芸者でありました。此の頃の老妓は中々見識のあったもので、只今湯に出かけまする姿ゆえ、平常着(ふだんぎ)の上へ黒縮緬(くろちりめん)の羽織を引ッかけ、糠袋に手拭を持ってお村の宅(うち)の門口へ立ちまして、
 つき「お村はん在宅(うち)かえ」
 さき「おやおつき姉さん、まアお入りよ、あれさお入りよ、湯かえ、いゝじゃないか、種々(いろ/\)お前さんにお礼の云いたい事もあるから一寸(ちょっと)お入りよ」
 月「寒いじゃないか、お母(っか)さん、御無沙汰をしました」
 さ「お寒くなりました、段々押詰(おしつま)って来るから何(なん)だか寒さがめっきり身に染(し)みますよ、今一杯始めた処サ」
 月「朝からお酒で大層景気が好(い)い事ねえ」
 さ「一つお上りなはいな」
 月「昨宵(ゆうべ)ね少し飲過ぎてお客のお帰んなすったのも知らないくらいに酔い潰(つぶ)れたが、例(いつも)のきまりだから仕方がない」
 さ「失礼だが一杯お上りよ、私がお酌をするよ、本当に姉さんはお村を彼此(かれこれ)云ってくださるから有難い事だって、平常(ふだん)そう云っているのだよ、何(なん)でも姉さんの云う事を肯(き)かなけりゃいけねえって、そう云っているのだから、何事も差図をしてお貰い申す積りさ、何(なん)てっても未(ま)だ年がいかねえから、時々跣足(はだし)でお座敷から駈け出して帰って来たりするから、何(なん)とかお思いかと心配してるのサ」
 月「お母(っか)さんは何時(いつ)も壮健(たっしゃ)だねえ」
 さ「えゝ私(あたし)ア是まで寸白(すばく)を知りませんよ、それに此間(こないだ)は又結構なお香物(こう/\)をくだすって有難うございました、あれさ、お重ねよう」
 月「お母さん、あのお村はんは居(い)るかえ」
 さ「あゝ今二階で化粧(みじめえ)して居(お)りますの、どうせ閑暇(ひま)だが又何時(いつ)口が掛るかも知れないから、湯に遣(や)って化粧(けしょう)をさせて置くのサ……二階に居りますが何か用が有るのかえ」
 月「そうかえ、少しお村はんの事に就(つ)いて話があるんだが、あの三浦屋から十二三度呼びによこした本所割下水の剣術の先生の御舎弟(ごしゃてい)さんだというから、御舎さん/\という人は、取巻(とりまき)が能(よ)くって金が有るので、一寸様子が好(い)いから、浮気な芸者は岡惚れをするくらいだが、彼(あ)の人がお村はんに大変惚れてゝ、私にお月取持ってくれ/\と種々(いろ/\)云うから、私があの妓(こ)は堅くて無駄だからお止し、いけないと云っても中々肯(き)かないで逆上(のぼせ)切ってるのサ、芸者を引きたければ華(はなや)かにして箱屋には総羽織(そうばおり)を出し、赤飯を蒸(ふか)してやる、又芸者をしていたいのならば出の着物から着替から帯から頭物(あたまのもの)まで悉皆(そっくり)拵(こしら)えて、お金は沢山(たんと)は出来ねえが、三百両や四百両ぐらいは纒(まと)めて遣(や)ると斯(こ)ういう旨い口だ、私などは願っても出来やしない、余(あんま)り宜(よ)い口だから、否(いや)でもあろうが諾(うん)とさえ云えば大(たい)した事に成るのだから話をして見るんです」
 さ「おや/\それは誠に有難い事ねえ、本当に私は夢のような心持がします、今時そんな方が出て来るものではないのだが、全く姉さんのお取做(とりなし)が宜いからで、乙なもので何(なん)でも太鼓の叩き次第だからねえ、早速お村に申しましょう、お村や/\一寸降りて来(き)なよ」
 村「あい」
 と優しい声で返辞をして、しとやかに二階から降りて参り、長手の火鉢の角の処へ坐り、首ばかり極彩色(ごくざいしき)が出来上り、これから十二一重(ひとえ)を着るばかりで、お月の顔を見てにこりと笑いながら、ジロリと見る顔色(かおいろ)は遠山(えんざん)の眉(まゆ)翠(みどり)を増し、桃李(とうり)の唇(くちびる)匂(にお)やかなる、実に嬋妍(せんけん)と艶(たお)やかにして沈魚落雁(ちんぎょらくがん)羞月閉花(しゅうげつへいか)という姿に、女ながらもお月は手を突いてお村の顔に見惚(みと)れる程でございます。
 村「姉さんお出(いで)なはい」
 月「お村はん、今お母(っか)はんに三浦屋の御舎さんの事を話したのだが、諾(うん)とさえ云えば大した事になるのだよ、嘸(さぞ)此間(こないだ)からお前に種々(いろ/\)な事を云うだろうね」
 村「あゝ、来るたんびに変な事を云って困るよ」
 月「私にも種々云ってしょうがないから、騙(だま)かして云い延べて置いたが、責(せめ)られてしょうがないよ」
 さ「お村や、諾(うん)とお云いよ、有難い事だ、姉さんが何とか、日光(にっこう)御社参(ごしゃさん)とかいうお方が妾になれと仰しゃるのは有り難い事だから、諾とお云いよ」
 村「姉はん、それは男も醜くはなし綺麗なような人だが、何だか私は虫が好かない、彼(あ)の人の傍(そば)に坐ると厭な心持になりますよ、そうして反身(そっくり)かえって煙管(きせる)を手の先で振廻し、落してお皿を欠いたり、鼻屎(はなくそ)をほじくっては丸薬にしたりして何(なん)だか厭だよ」
 月「そうサ、変な処があるよ、気には入るまいが持物になって仕舞えば又好きな事も出来るわねえ」
 さ「有難いことだから諾(うん)とお云いよ、おい諾と云わないかよ」
 村「厭な事、私は死んでも厭だよ」
 さ「馬鹿な事をお云いでない、お前が諾と云えば私までが楽になるのだから親孝行だよ、それにお前は春の出の姿(なり)に気を揉んで居て一から十まで新しい物にしたがり、彼(あ)の縮緬(ちりめん)のお前さんが知ってる紋付さ、あれを色揚げをして置けば結構だと言えば、紋が黒くなると言うから、そうしたら薄い昇平(しょうへい)を掛ければ知れやしないと云うのに、何(なん)でも新しい姿(なり)ばかりしたがる癖にさ、私などの若い時分と違って好(い)い姿(なり)計りしたがったり、芝居へも往(ゆ)き、したいこともしたければ、諾と云って其の人を取らないと肯(き)かないよ」
 村「でも柳橋の芸者が旦那取りをしたと云っては第一姉さん達の恥になり、私も外聞が悪いから、能(よ)くは出来ないが私だけは芸一方で売る心持でいますから、どうかそんな色めえた事を云うお客はぴったり断って下さいまし」
 月「お村はんが否(いや)だと云うならどうもしようがない」
 さ「おい本当にいけない餓鬼だよ、サ諾と云いな、否か、どうあっても否か、下を向いて返辞をしないのは否なのか、否だなどと云えば唯(たゞ)は置かねえよ」
 と云いながら手に持った長羅宇(ながらお)を振上げさま結(ゆい)たての嶋田髷(しまだまげ)を打擲(ちょうちゃく)致しましたから櫛(くし)は折れて飛びまする。
 月「あゝ危いよ、あれさ怪我でもさしたらどうする積りだよ」
 さ「お止めなさるな、止めると癖になります、太い阿魔でございます、これ何(なん)だと、芸一方で売りたいと、それはお月姉さんのような立派なお方の云う事だ、お前なんぞは今日此の頃芸者になり、一人前(いちにんめえ)になったのは誰のお蔭だ、お前が七歳(なゝつ)の時、親兄弟もない餓鬼を他人の私が七両の金を出して貰い切り世話をしたのだが、其の時は青膨(あおぶく)れだったが、私の丹誠で段々とお前さん胎毒降(くだ)しばかりも何(ど)の位飲ましたか知れやしません、芸を仕込めば物覚えが悪く、其の上感所(かんどころ)が悪いもんだから、撥(ばち)のせい尻(じり)で私は幾つ打(ぶ)ったか知れません、踊(おどり)を習わせれば棒を呑んだ化物(ばけもの)を見たように突立(つッたッ)てゝしょうが無かったのを、漸々(よう/\)此の位に仕上げたから、これから私が楽をしようと思ってるに、否(いや)も応(おう)もあるものか、親の言葉を背く餓鬼ならば女郎(じょうろ)にでも叩き売って仕舞います、利(き)いた風(ふう)な、芸一方で売るって私は知らねえ振りをしていれば、手前(てめえ)の好いた男なら上流(うわて)くんだりまで往って寝泊りをして来やアがるだろう、私は知るめえと思ってようが、芝口(しばぐち)の袋物屋の番頭に血道を揚げて騒いでいやアがる癖に」
 月「まア静(しずか)におしよ、世間へ聞えると見(みっ)ともない、お村はんは私が篤(とっ)くり意見をして得心させるから私にお任せよ」
 と泣いて居りまするお村の手を取って二階へ連れて上り、
 月「お村はん勘忍しておくれよ、本当に邪慳(じゃけん)なお母(っか)さんだ、太い煙管でお前の顔を無茶苦茶に打(ぶ)って怪我でもしたら何(ど)うする積りなんだろう、怖いお母さんだねえ、今までお前はまア能くあのお母さんの機嫌を取ってお出(いで)たねえ」
 村「姉さん、誠にお前さんの云う事を肯(き)かないで済みませんが、私も七歳(なゝつ)から育てられ、お母さんの気性も知っていますが、彼様(あんな)邪慳な人は世に余(あん)まり有りません、此の頃のように寒い時分に夜遅く帰って来れば、寝衣(ねまき)を炬燵(こたつ)に掛けて置いて寒かろうからまア一ト口飲めと、義理にも云うのが当然(あたりまえ)だのに、私が更けて帰ると、お母さんは寝酒に旨い物を喰(た)べてグウ/\大鼾(おおいびき)で寝て仕舞い、火が一つ熾(おこ)ってないから、冷たい寝衣を着て寝てしまい、夜が更けるからつい朝寝をすると、起ろ/\と足で蹴起(けおこ)して、お飯(まんま)を炊けと云って御膳を炊くやらお菜拵(かずごしら)えをして仕舞うと、起きて来て朝から晩まで小言三昧(ざんまい)、ヤレ彼(あ)の旦那を取れ、此の旦那の妾になれと今まで云われた事は何度あるか知れやしないが、漸々(よう/\)云抜けては置いたが、辛くって/\今日は駈出そうか、明日は迯(に)げようかと思った事もあったけれど、外(ほか)に身寄親類もないから駈出しても往(ゆ)き処(どこ)がない私ゆえ堪(こら)えてはいましたが、今日という今日は真に辛いから私は駈出して、身を投げて死にますよ」
 月「馬鹿な事をお云いでないよ、私が悪かった、お母さんの前で直(すぐ)に彼(あ)の事を云わなければ宜(よ)かった、私は蔭でチラリと聞いたのだが、お前は友之助(とものすけ)さんとは深い中で、それがため義理の悪い借金も出来ているから、結局(つまり)二人で駈落(かけおち)などいう軽卒(かるはずみ)な事でもしやしないか、困ったものだと云う事が私の耳に入っているが、私も兄弟は無し、心細いから平常(ふだん)親切にしておくれのお前と、末々まで姉妹分(きょうだいぶん)になりたいと思う心から案じているのだが、それは厭に違いはないが、友さんの為なら厭な旦那もお取りかと私は考えてるが、友之助さんの為だと諦めて舎弟の云う事を聞けば、纒(まと)まったお金を幾らか私が貰って上げるから、それで内証(ないしょ)の借金を払い、二百両か三百両の金を友さんにも遣り、借金の方(かた)を附け、可なり身形(みなり)を拵(こしら)え、時々は私が騙(だま)かして拠(よんどころ)ないお座敷で帰りが遅くなると云って上げるから、厭でもあろうが只(たっ)た一度、舎弟と枕(まくら)を並べて寝て遣れば、どんなに悦ぶか知れない、それは厭だろうが、其の時は私が密(そっ)と友さんを他(ほか)に呼んで置いてお前に逢わせ、口直しを拵えて置くからねえ、私も責められて困るからよ」
 村「はい/\姉さん私も友之助さんに対して旦那を取っては済まず、又私が身を斬られるほど辛いけれども、姉さんの折角のお頼みと云い、お母さんの様子では女郎(じょうろ)にも売り兼ねやアしまいから、死んだ心になって旦那を取りましょうよ」
 月「おや本当に、どうもまア好(よ)く諦らめておくれだ、本当に可愛そうだけれども、じゃア其の積りだよ」
 と云いながら慌てゝ音のするように梯子(はしご)を降りて参り、おさきに向い、
 月「私が段々話をした処が、済まなかった、随分宜(よ)い人だと思っていたが、まさかにお母さんの前で旦那が取りたい惚れているとも云いにくいから、しぶ/\していて、打(ぶ)たれるだけが損だったと云っているから、お前も機嫌を直して可愛相だから優しく云ってお遣(や)りよ」
 さ「おや/\そうかえ、まア誠に有難いこと、姉さんの云う事は肯(き)き、私の云う事は肯かないのだもの、それも姉さんのお蔭さ、お前はいつも若いよ、お月さん幾つ」
 月「十三七ツが聞いて呆れる」
 さ「お湯に往(い)くなら私も一緒に往こう」
 と嬉し紛れにおさきはお月と諸共(もろとも)に出て往(ゆ)く。後(あと)にお村は硯箱(すゞりばこ)を引寄せまして、筆を取り上げ、細々(こま/″\)と文を認(したゝ)め、旦那を取らなければ母が私を女郎(じょろう)にしてしまうと云うから、仕方なしに私は吾妻橋から身を投げて死にますから、其の前に一目逢いたいから、お店(たな)を首尾して廿五日の昼過に、知らない船宿から船に乗り、代地(だいち)の川長(かわちょう)さんの先の桐屋河岸(きりやがし)へ来て待っていてくれろという手紙を認(したゝ)めて出しましたから、友之助は大きに驚き、主人の家を首尾して抜け出し、廿五日の昼頃船を仕立てゝ桐屋河岸に待って居りました。

 

 業平文治に戻る  一        次へ

 

 

広告 [PR]  再就職支援 冷え対策 わけあり商品 無料レンタルサーバー