春錦亭柳桜の「仇娘好八丈」と河竹黙阿弥「梅雨小袖娘八丈」


 髪結新三の全物語                   新日本古典文学大系明治編7   岩波書店刊

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 「仇娘好八丈」(あだむすめこのみのはちじょう)    口演;春錦亭柳桜
                                     速記;酒井昇造

第一席
 二代目紀伊国屋文左衛門の豪勢な廓遊びや、零落してからのエピソードを紹介して、その紀伊国屋の番頭庄三郎が暖簾分けに千両の金を貰い、自分の出身地伊勢の白子から「白子屋」と名乗ることまで許され、番頭時代に隠して溜めた金と合わせて、新材木町に「白子屋」の店を出し、繁盛をしていたが、二代目文左衛門が死んで、その内儀が葬式の相談に来ても、わずかの包み金で追い返した。庄三郎には、辰巳芸者をしていたお常を引かせ、庄之助、お熊という子どももあったが、庄之助は放浪癖があり内証勘当、娘のお熊は今小町と言う評判の娘だった。七十の庄三郎は中気を患い寝込み、そうこうするうちに土蔵を破られ、五百両という大金を盗まれ、さすがの白子屋も苦しくなった。 車力の善八が、桑名屋弥惣左衛門の番頭で又四郎と言うものが五百両の持参金で婿にきたいとう話しを持ち込んできた。娘のお熊は、手代の忠八といい仲だが、娘に言い含めて、又四郎を婿に取る。
  初夜から、具合が悪いといって一つ寝をしない。そこへ、お熊に日頃からぞっこんの、廻り髪結の新三が来て、お熊・忠八で、新三のところへ逃げて来いと駆け落ちをすすめ、連れ出したあとは、忠八を永代橋で蹴倒していなくなってしまう。
◆圓生の口演では本編14席の長い人情噺なので、白子屋庄三郎の非道を明らかにするように、二代目紀伊国屋文左衛門の挿話をいろいろ入れているが、そのあたりは、カットして、有名な雨の大川端の場面を入念に演じています。
 柳桜は第二席の、善八が弥太五郎源七を引っ張り出すまでを加えて「上」で演じている。

第二席
 車力の善八が、女房にこき使われているところへ、白子屋から使いが来て、新三のところから、お熊を取り返してきてくれるよう頼まれるが、善八は恐いからいやだという。お内儀さんからそれなら、弥太五郎源七親分に頼んでおいでと言われ、頼みに行く。弥太五郎源七から、俺が行くから十両用意してくれと言われ、白子屋から十両を貰って、冨吉町の新三のところへ行くが、話しは決裂。そこへ新三の長屋の家主長兵衛が現れ、三十両で話しをつけるという。源七は手を引き、家主の権柄で新三を抑えて、話しは落着する。
◆圓生は、善八の狂言廻しをすこし変えて、面白みを持たせ、「上」へ廻して口演しています。

第三席
 髪結新三は弥太五郎源七をへこましたと、評判になり、髪結はやめて、博打打ちで、”冨吉町の兄ぃ”と売れ出す。源七は男を下げ、折があったら仕返しの機会を狙っていた。本所から帰りの新三を、閻魔橋のところで、闇討ちに殺す。帰り道、顔見知りの佐賀町の居酒屋へ寄るが、居酒屋の三右衛門に着物の血をとがめられる。犬の血だとごまかして、店を出るが、後日を考えて戻り三右衛門夫婦を殺害する。帰宅して着物を洗っているところを、白子屋の勘当息子の庄之助に見られる。

第四席
 新三の死骸が閻魔堂橋そばの川で見つかり、南町奉行所が月番で調べる。新三の子分の勝公に、心当たりを訊ねると、数日前に泥棒が入った、その泥棒の置いていった物のなかに、いかさま賽がふた粒。当時は、いかさま物を作る職人で名人がいたので、これを呼び出して調べると、白子屋の勘当息子で、弥太五郎源七の居候、庄之助に売ったことがわかる。早速、庄之助、お召しだしとなって。きついお取調べ、石を六枚抱かされて、痛さに耐えかねて、「殺した」と言ってしまう。牢に放り込まれると、火車(*)の八五郎という盗賊がいた。庄之助の話を聞き、白子屋の土蔵を破って五百両の金を盗んだために、白子屋の難儀が生じたことを知り、どうせ自分は死ぬ身だから、庄之助を助けてやるという。
*火車;あだなで、火がもえている車。生前に悪事をした亡者をのせて地獄に運ぶという。

第五席
 火車の八五郎の生い立ち。義母を悪く告げ口をしたり、盗みをするので、9歳の年に奉公に出される。

第六席
 19の年に、吉原での遊興で三十両の金を誤魔化していたのが知れ、奉公先の五十両の金を持って逐電。悪事を重ね45歳で、五度目の入牢となり、庄之助と相牢になった。
⇒この頃の人情噺には、よく、本筋とは関係のないエピソードで、噺が脇道にそれ、又戻ってくるという形がよくあった。再犯は3回で死刑だったので、五度目の入牢とは?

 第七席
 火車の八五郎の裁きの日に、過去の義母殺しを自白して、打ち首から磔の刑となる。最後にと、無実の若者の再吟味を申し立てる。庄之助は火車の八五郎に言われたとおりに、無実の訴えをする。
 大岡越前守は、引合人の弥太五郎源七の着物の柄に目を留め、三右衛門殺害の現場に残されていた蓑(みの)の裏布と同じ柄から、追求し真犯人は弥太五郎源七と判明する。源七入牢となる。

第八席
 神田江川町の医師玉井玄貞と言う怪しい医者があり、白子屋お常、色仕掛けで毒薬を入手する。

第九席
 この毒殺は、下男の久助からいきさつを知らされた又四郎が、毒入り味噌汁を飲まなかったことから失敗。又四郎は仲人に離縁を頼み大山詣りへ出かける。お常は道中での殺しを、忠八と、木挽きの喜四郎と長次郎に一人十五両で頼む。羽田の渡しで、又四郎は、忠八、喜四郎、長次郎の三人に殺されかかる。善八が又四郎の悪夢を見て、奉行所へ願い出る。

第十席
 証拠不十分、逆に善八は、いい加減な訴えと手鎖をかけられる。困ったと、芝金杉の占い者に見てもらおうと出かけると、乱心者に出ッ食わす、とこれが半死半生の発狂した又四郎。又四郎が見つかり、再度裁きとなる。

第十一席
 名医阿部友之進が登場します。ここでも、本筋とは関りはないのですが、阿部友之進の名医の出自が詳細に述べられ、阿部友之進の手で、又四郎は正気を取り戻して、お裁きとなります。

第十二席
 噺は少し前に戻って、5月の28日、両国の川開きに、お常、お熊と下女のお菊と見物に出かけ、少し頭の弱いお菊に、金品を与え、又四郎の寝所へ行って、又四郎を傷つけ、自分も傷をつけろと言含めます。

第十三席
 傷さえつければ、それを理由に又四郎を離縁しようと言う、お常の企みでした。お菊は頼まれた事を忘れて、寝入ってしまい、お常は下女の部屋まで行って、お菊を起こし、又四郎を襲うように指図する。寝ぼけたお菊は失敗し、そこを通りかかった役人に見咎められた。 裁きの席で、お菊は、又四郎を襲ったこと、お常と医師玉井玄貞が通じていることを白状する。 この裁きの行きがかりで、お常、お熊は、奉行所に留め置かれ、白子屋の長持ちに隠れていた忠八は、変事を察して白子屋の店を逃げる。

第十四席
 裁き決着。逃げた忠八も自訴し、一件落着。
 引き廻し一番目が弥太五郎源七、二番目が木挽きの長次郎、三番目が喜四郎、四番目が下女のお菊、五番目が忠八、六番目がお熊で、日本橋から忠八を除く五人は伝馬町へ引き返し打ち首、忠八は鈴が森で磔となります。牢内で死亡した医師、玉井玄貞は、塩漬けにして御処刑、白子屋は闕所(*)、女房のお常は、八丈島に遠島。七十五才で赦免となり、八十一才で死んだ。
<完>
(*)闕所;(けっしょ)江戸時代の刑罰の一。死罪・遠島・追放などの付加刑として、田畑・家屋敷・家財のすべてまたはいずれかを罪の軽重などに応じて官に没収すること。

 

■ 歌舞伎 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 

 この十四席に及ぶ長編を、河竹黙阿弥は、四幕ものの、人気歌舞伎にまとめ上げている。

梅雨小袖昔八丈」(つゆこそでむかしきはちじょう)
名作歌舞伎全集 第十一巻        東京創元新社

序幕 白子屋見世の場 材木町河岸の場 永代橋川端の場
    髪結新三 車力善八 加賀屋藤兵衛 下剃(したづり)勝奴 白子屋の若い者千吉・万蔵
   金貸し高崎利兵衛 忠七 弥太五郎源七 お熊 お常 下女お菊(善八の姪)

白子屋見世の場
 金貸し高崎利兵衛はお常に貸し金の催促、お熊に持参金付きの婿が来るのでそれで返すと言い訳。加賀屋藤兵衛が結納を持ってくる。 お熊と忠七は、困った、いっそ逃げようかと痴話話、そこへ新三が来て立聞き二人に深川冨吉町へ逃げるようそそのかす。
材木町河岸の場
 新三の手はずで、お熊は駕籠へ。
永代橋川端の場
 忠七は新三にいたぶられ、大川へ身を投げようとするところを弥太五郎源七に助けられる。

二幕目 乗物町の源七内の場 富吉町新三内の場 同長屋家主内の場
   髪結新三 車力善八 下剃勝奴 弥太五郎源七 お熊 合長屋権兵衛衛
   肴売新吉 源七子分銀次 家主長兵衛 源七女房お仲 長兵衛女房お角

 落語では、葺屋町の親分だが、歌舞伎では、乗物町の親分となっている。
 落語では、その人の「おかみさん」だけで、名前のない登場人物が多いが、芝居では、源七女房お仲 長兵衛女房お角と名前がわかるのが、おもしろい。
乗物町の源七内の場
 善八が源七に頼みに来る、重い腰をあげる。
富吉町新三内の場
 鰹を買うやり取りがあって。新三は源七を追い返す。源七は逃げ帰る。
同長屋家主内の場
 長兵衛と善八のやりとり。
富吉町新三内の場
 長兵衛にいいようにされ、十五両から店賃の滞り二両までとられる。 人情噺のほうにオチはないが、芝居のほうは、長兵衛夫婦が、新三のところに掛合に来ている間に、大家宅に空き巣が入り、四十両相当のものが盗まれた、十五両を掠め取ったが、差し引き二十五両の損だと大笑いという、サゲがついている。
 三遊亭圓朝と親しく付き合いのあった、河竹黙阿弥が、人情噺から歌舞伎劇化にあたって、サゲをつけたのは黙阿弥、一流のサービスだろう。

三幕目 白子屋内の場 深川閻魔堂橋の場 佐賀町居酒屋の場
   お熊 お菊 又四郎 お常  髪結新三 下剃勝奴 弥太五郎源七 居酒屋三右衛門 女房おさが
   按摩こぶ市 夜蕎麦売り仁八

白子屋内の場
 お熊自害を止めようとした又四郎を過って刺し殺す。その罪をかぶってお菊は自害して果てる。
深川閻魔堂橋の場
 源七、新三を謀殺。
佐賀町居酒屋の場
 素通りせずと三右衛門に居酒屋へ引込まれ、血をとがめられる。いったんは出るが引き返して殺す。

四幕目 御堀土手の場 町奉行所の場
   大岡越前 車力善八 夜蕎麦売り仁八 荒川源次 石垣伴作 足軽専平・典蔵
   家主太郎兵衛 忠七 お熊 お常 弥太五郎源七

御堀土手の場
 忠七は、源七の身代わりに新三殺しを覚悟する。
 第四席から、第十三席は飛ばして、終幕になる。
 芝居では、下女のお菊は、車力の善八の姪で、愚かな女ではなく、聡明な女で、主人のお熊が、忠七に操をたてて、自害しようとすると、止めに入った亭主の又四郎を誤って殺す。下女のお菊は、お熊に代って、又四郎を殺したのは自分であると自害する。そんな話を善八から、忠八は聞く。新三に永代橋で騙された忠八は弥太五郎源七に救われていた。新三殺しの、疑いで裁きの場に引かれる弥太五郎源七の身代わりに自訴する覚悟をする。
町奉行所の場
 大岡越前守の厳しい追及にも、弥太五郎源七はしらを切る。そこへ、忠八が自訴するが、越前守は、証拠と整合しないと取り合わない。 引き続き、白子屋又四郎殺しの裁きとなる、お熊はお菊が下手人ではなく、自分が真犯人だと名乗る。これを、見た弥太五郎源七は、おのれを恥じて、新三殺しを自白する。また、奉行はお熊に、「取りみだし、逆上せおる様子、養生のため、来年2月まで母・常に預けつかわす」と、言い渡し、来年は大赦があり、罪一等をご赦免になると、心優しい裁きで幕となる。 <完>

 黙阿弥の脚本は、噺の続きものの煩わしいものを切り捨て、四幕に納めるために、又四郎殺害をシンプルに、また、お常・お熊・忠七を善人にして、大岡裁きで、あと口の好いものに上手く変えてある。



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