正調 ガマの膏売り口上                
                                                 第十八代 永井兵助


 さぁ〜てお立合い。手前ここにとり出したが、それその陣中膏はガマの油だ。ガマといっても、そこにもいるここにもいるというものとは物がちがう。ハハァガマかい、なあんだガマならおれんとこの縁の下、流しもとにゾロゾロいるというお方があるか知れないが、あれはガマとはいわない。ただのヒキ蛙イボ蛙おたま娃か青蛙、何の薬石効能はないが、手前のはこれ四六のガマだ。
 四六五六どこで見分けるか、前足の指が四本でうしろ足の指が六本。これを合わせて蟇蝉噪(ひきせんそう)は四六のガマだ。またこのガマのとれるのは五月、八月、十月なるをもって、名付けて五八十は四六のガマだ。さあてこのガマのすむところは、これよりはる〜か北の方、北は常陸の国・筑波山のふもとに生えているオンバコという露草を喰って育ちまする。
 さぁ〜て、このガマからこの油をとるには、山中深く分け入って捕えきましたるこのガマを四面に鏡をはりその下に金網鉄板をしき、その箱の中にガマを追い込む。さあガマ先生 己のみにくい姿が四方の鏡に映るのを見てびっくり仰天。「ハハア 俺という奴は何とみにくい姿であろうと、己と己の姿にうちおどろき、体より油汗をば、タラーリタラリと流す、それを下の金あみにすきとりまして、三七二十一日の間、柳の小枝をもってト口火にかけ、トローリトロリと煮炊きしめ、赤い辰砂に郷子油、テレメンテーナ、マンテーカ、かかる油を練り合せてこしらえたのが、これこの陣中膏ガマの油だ。
 さあて、お立合い。このガマの油の効能はというと、がさ瘍、梅毒、やけど、ひび、しもやけ、あかぎれの妙薬。前へまわってインキンタムシうしろへまわって出痔、いぼ痔、走り痔、脱肛その他切りきず一切。まだある大の男が七転八倒たたみの上をゴロンゴロンと転がって苦しむのが虫歯のいたみ。だが手前のこのガマの油をまるめて歯の穴につめ静かにロをむすんでいるときには、熱いよだれがタラリタラリと出るとともに歯のいたみはピタリと止まる。ま〜だある、どうだお立合い。お立合い、お宅に赤坊はおいでかな。赤坊のあせも、ただれ、かぶれなどにはこのガマのあき箱から箱つぶれ箱見せただけでもピタリと止まる。
 さて、ガマの油の効能はもうそれきりかというとそうではない。もう一つ大事なものが残っている。刃物の切れ味を止めるね。手前ここにとりいだしたるは当家に伝わる家宝、正宗がひまにあかして鍛えた天下の名刀、もとが切れない、中が切れない、中は切れるが先が切れないなどという鈍刀鈍物とはものがちがう、実によく切れる。エーイ、抜けば夏なお寒き氷の刃(玉ちる氷の刃)ここに1枚の紙があるからひとつ切ってお目にかけよう。
 ハイ、1枚が2枚、2枚が4枚、4枚が8枚、8枚が16枚、16枚が32枚、32枚が1束とふた18枚、これこのとおり細かく切れた。ふっと吹くなれば(散らさば)比良の暮雪かあらし山には落花の吹雪とござ〜い。
 さぁ〜てお立合い。これほど切れる天下の名刀でも手前のこのガマの油をばぐっとこう差しおもて差し裏に一ぬり塗るときには、刃物の切れ味ピタリと止まりてこれこの通りだ。打っても叩いても、押せども引けども絶対に切れやしない。
 手前大道商人はしているが(はばかりながら)金看板は天下ご免のガマの油売り、そんなインチキはやり申さぬ。この油をぐっとふきとるときには、刃物の切れ味また元にもどって、これこの通り、さわっただけでも赤い血がタラリタラリと出るよ。これこの通りだ。だがお立合い、血が出ても心配はいらぬ。またまたこのガマの油をばグッと一ぬり塗ってソッとぶきとるときには、これこの通り、タバコー服吸わぬ間にピタリと止まる血止めの薬とござりまする。

(ものと人間の文化史 「蛙」 碓井益雄著 法政大学出版局発行)より
 

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