小学校の国語の教科書に載った落語「ぞろぞろ」

 

口演 三遊亭 圓窓
           登場人物 年令
○ 茶店のじいさん (七十才)   客1   (三十才)
● 茶店のばあさん (六五才)   客2   (六十才)
□ とこ屋の親方  (三五才)   客3   (三十才)
                     客4   (三十五才)
 


   昔、江戸(えど)の浅草(あさくさ)の観音様(かんのんさま)のうら田んぼのま
  ん中に、小さな古びたおいなりさんがありました。そのそばに、これまた、小さなさ
  びれた茶店。おじいさんと、おばあさんの二人が細々とやっているという。
○ 「ばあさん。ちょいと出かけるぜ。」
● 「あらっ。おじいさん。どちらへ?」
○ 「べつに用足しじゃねえ。たいくつだから、ちょいと散歩だ。」
● 「そうですか…、じゃあ、おいなりさんへお参りしたら、どうです?」
○ 「いやだね。あのおいなりさんはご利益(やく)がねえから、お参りする人がねえん
  だ。おかげで、この店で休む者だってありゃしねえ。」
● 「あたしは毎朝、お参りをしてますよ。」
○ 「ああ、わかった、わかった。じゃあ、ついでにお参りしてくるから。」
   おじいさん、表へ出ました。あっちへぶらぶら、こっちへぶらぶら。そろそろ店へ
  帰ろうと、近くの橋をわたろうとすると、
○ 「のぼりが落ちてるじゃねえか……。これはおいなりさんののぼりだ。子ども供たち
  があそびで持ち出して、そのまんまなんだ。よし、とどけてやろう。」
 
○  「{いなりのほこらの前へ来て}おいなりさん。のぼりが落ちておりましたので、お
  とどけに参りました。お初(はつ)にお目にかかります。あたしは、この近くの茶店
  のあるじでございます。これから、ちょいちょい来ますので。{かしわ手を打つ}」
○ 「{店へもどって}ばあさん。今、帰ったよ!」
● 「ああ、おじいさん。お帰りなさい。お参りしましたか。」
○ 「ああ、したとも。橋のたもとにのぼりが落ちてたもんで、とどけてやった」
● 「まあ、おじいさん。いいことをしましたね。」
○ 「そうかい。ご利益あるかね。」
● 「そりゃ、ありますよ。」
○ 「そいつは、ありがたいな。{外を見て}おや…? 雨がぽつぽつやってきたぞ、ば
  あさん。」
● 「さっそくご利益ですよ。お参りしたからこそ、雨はおそくふりだしたんですよ。お
  参りしなかったら、早めにふりだしたはずです。」
○ 「そうかい……。つまらねえご利益だな。おい、ばあさん。ぽつぽつどころじゃねえ
  ぞ。ぼんをかえしたようなえらいふりになったぞ」
● 「ますますご利益ですよ。お参りしなかったら、おじいさんはずぶぬれで、かぜをひ
  いて……、それをこじらして……、あの世に。」
○ 「ばかなことを言うなよ。ああ……。天気だって客は来ねえんだ。雨がふった日にゃ、
  もうだめだ。今日はもう店をしめようや。」

客1「{急に、客が入ってきて}ごめんよ。休ましてもらうよ。」
○ 「はい…。{おくへ}ばあさん。閉めることはねえ。客が来たぞ。」
● 「おいなりさんのご利益ですよ。」
○ 「そうか。こいつは、ありがてえ。」
客1「雨がやむまで休ましてもらうぜ。茶を入れておくれ。」
○ 「はい、ただ今。」
客1「この雨にはびっくりしたな。急にきたからな。」
○ 「{お茶を運んできて}おまちどうさま。」
客1「ありがとうよ。{じっくりと飲んで}いい茶だ。{外を見て}おっ、雨はあがったよ
  うだな。そろそろ、出かけるか。{おくに向かって}じいさん、いくらだ?」
○ 「ありがとう存じます。六文(ろくもん)、ちょうだいいたします。」
客1「ほいきた。茶代は、ここへ置くぜ。{外へ出ようとして}ああ、雨が上がったのはい
  いんだが、道がぬかってるよ。買ったばかりのはき物をよごすのはしゃくにさわるし
  な。はだしってえのは、かえってつるつるすべってすってんころり。着物までよごし
  ちまうよ。こういうときは、わらじがあるといいんだがな。
  {おくへ}じいさん。店にわらじは置いてねえのかい?」
○ 「ありがとうございます。一年前から売れ残ったのが一足、天じょうからぶる下がっ
  ておりますんで。八文でございます。あいすいません、引っ張ってくださいまし。す
  ぐにぬけるようになっておりますんで。」
客1「{わらじを引っぱって}ほいきた。はきよさそうだな、これは。」
○ 「ありがとうございます。お気をつけなすって。{おくへ}ばあさん。本当に今日は
  みょうな日だな。あのぼろぼろのわらじが売れちまったんだから。」
  {するとまた、客が来て}
客2「わらじ、あったらもらいてえんだが。」
○ 「わらじですか? あいすいません。今、売り切れてしまいまして。」
客2「弱ったなあ。{天じょうを見て}お? あるじゃないか」
○ 「えっ? あっ! ある……。一足、ぶる下がってる。一引く一は、なしだよ。それ
  が、一引く一は、一、ということは……」
客2「なにぶつぶつ言ってんだい。売るのかい、売らないのかい?」
○ 「売ります。売ります。八文です。引っぱってくださいまし。ぬけるようになってま
  すので。はい……、ありがとうございます。お気をつけなすって。」

  {また、客が来て}
客3「わらじ、ねえかな!」
○ 「また、わらじですか……? もう、本当にありませんでっ」
客3「ねえのかい……。{天じょうを見て}何を言ってるんだ。あるじゃねえか」
○ 「は? ありますね……。気味が悪い……」
客3「いくらだい?」
○ 「八文でございます。引っぱってくださいまし。{おくへ}ばあさん。お前も見てろ。
  ちゃんと、見てるんだぞ。客が八文を置いて……、わらじを引っぱって……、足ごし
  らいをして……、出てったな……。な、もう、わらじはねえはずだろう、なっ。{天じ
  ょうを見て}あっ!」
   おどろくのは当然で、天じょううらから新しいわらじがぞろぞろ!
 
○ 「ばあさん……。見たか…。見たかっ。」
● 「見ました。おいなりさんのご利益ですよ。」
 
   この「ぞろぞろわらじ」のひょうばんが、あっというまに、近郷近在(きんごうき
  んざい)に知れわたりました。明くる日、店の戸を開けると、子どもからお年よりま
  でが八文をにぎって、「ぞろぞろわらじ、おくれ!」ってんで、ずらあっという行列。
  この行列が浅草から大阪まで……。まさかそれほどでもありませんが。
 
   さて、この茶店の前に一けんのとこ屋がありました。ここの親方、毎日毎日、自分
  のひげばかりぬいて、同じことばかり考えている。
□ 「この店も、客が来なくなったなあ……。{前の茶店を見ながら}それに引きかえ、
  なんだい、あの茶店の人だかりは。今まで、こんなことはなかったぜ。どういうこと
  だかきいてみよう」
 
   親方は、じいさん、ばあさんから、「ぞろぞろわらじ」のことを聞かされて、おいな
  りさんへすっ飛んできました。
□ 「{ポンポンとかしわ手を打って}おいなりさん、おいなりさん。初めまして。あっ
  しは茶店の前のとこ屋でござんす。このところ、まるっきり客が来ませんで、こまっ
  ております。店にあるだけのぜにを持ってきまして、さいせん箱に入れました。どう
  か、とこ屋も茶店のわらじ同様、ぞろぞろはんじょういたしますように!{ポンポン
  とかしわ手}」
 
   親方、自分の店にもどってみると、
客4「親方、どこへ行ってたんだい!」
□ 「は…? {辺りを見回して}ここはおれの店だよなあ……。{客に向かって}失礼
  ですが、あなた様はどちら様で……?」
客4「よせやい。おれは客だよ。」
□ 「客……? ああ……、おなつかしい……。{思わずだきつく}」
客4「おいおい、だきつくなよ」
□ 「ありがてえ! ご利益はてきめんだ。この客の頭が仕上がって帰ると、あとから新
  しい客がぞろぞろっ。帰ると、ぞろぞろっ。ぞろぞろっ。」
客4「なに泣きながら、ぞろぞろ言ってんだよ。」
□ 「ついうれしいもんで泣いてしまいました。もっといをはじきますんで。」
客4「おっと、頭はいいんだ。おれはひげだけやってもらいてえんだが。」
□ 「かしこまりましたっ」
   親方が、うでによりをかけて、客の顔をつうっとあたると、なんと、あとから、新
  しい髭が、ゾロゾロ!

 

 

前ページに戻る

広告 [PR]  再就職支援 冷え対策 わけあり商品 無料レンタルサーバー