五代目古今亭志ん生の落語品川心中(しながわしんじゅう)によると、

 

 品川には「土蔵相模」、「島崎楼」、「お化け伊勢屋」等の名高い貸座敷があった。
 その頃、品川新宿に白木屋の板頭に”お染”という花魁がいた。全盛の時が続いたが歳と共に人気を若い娘(こ。遊女)に抜かれていった。移り替えだというのに金の工面出来ず、それもまだ出来なかった。やたらと紋日前には「来てください」と言う手紙を出した。
 「巻紙も痩せる苦界の紋日前」
そうなると、良い客は益々来なくなってしまう。こんな恥ずかしい事なら、いっそ、死んでしまおうと思った。でも、それでは移り替えも出来なくて死んだんだと言われるのもシャクだから、誰かと死ねば心中となるからと、相棒を捜した。
 帳面を調べ、中橋から通ってくる本屋の”金蔵さん”に決めた。決められた金さんはイイ面の皮です。思いの丈を手紙にしたためて呼び出した。

 金さんが来てみるとお染めは浮かない顔をしていた。「相談したいからと来てみれば、なんだその面は。何、金?。それなら200両とか300両だとハッキリ言えばいいじゃないか」、「40両いるんだ」、「それは大変だ」、「でしょ。お金がないと越せないの。だから死のうとおもう。年(年季)が明けたら夫婦になる間柄、思い出したら線香の一本も上げてくおれ」、「お前が死ぬなら俺も死ぬよ」、で意気投合して死ぬ事になった。今晩はダメだから明日の晩にしようと決めた。でも、金さんに逃げられると大変だからと、極上のサービスをして朝送り出した。

 金さんはアイツのためならと決死隊のような覚悟で戻り、家財をみんな売り払って、回りにいとま乞いをして歩いた。親分の家に挨拶しに行ったが、疑われ始めたので慌てて飛び出したはずみに、匕首(あいくち)を忘れてしまった。
 その足で、お染めの所にやって来た。
 お染めは喜んで迎えた。金さんは文無しであったが、死ぬのだから勘定も何も関係ないと、飲んで食べて満足して寝入ってしまった。
 客のところを回って、時間を見計らって戻ってみると、金さんは熟睡していた。
 金さんを起こすと「もう、食えねえ」。死ぬ事を思い出したが、匕首を親分の所に忘れてきた。そんな事もあるだろうと思って、カミソリを2丁持ってきてある。「だめだよ。そこは急所だ。それに、カミソリで切ったキズは治療が難しいと言うぜ。それより、木綿針20本ぐらいで突きあったらどうだ」、「私はシモヤケではないよ。それじゃ~、裏の海に飛び込もう」、「それはダメだ。俺は泳げない」。

 嫌がる金蔵を無理矢理引っ張って、桟橋の上に来た。海からの風がピューと吹きつけ暗く足元もおぼつかない。「桟橋は長いよ」、「命は短い」。
 金蔵は足がブルブル震えて、なかなか飛び込めないので「一足先に行っておくれ」っと、背中をドンと突いた。もんどり打って海の中に飛んだ。
 「南無阿弥陀仏」と飛び込もうとしたら、若い衆に止められ、「様子がおかしいので付いて来たが、とんでもない事をするじゃないか。それより番町の旦那が来て『遅くなったが』と言って、お金持ってきたぜ」、「既に一人飛び込んじゃったのよ。金さんが」、「あのバカ金か。大丈夫アイツなら鮫に食われちまうよ。俺はこのこと誰にも言わないから」、「チョイと金さん早かったよ。お金が出来たんだって。未だ死ねないから・・・、長々お世話になりました。サヨナラ、失礼」。こんな失礼はなかった。
 金さんクヤシ~イって杭につかまったら、品川の海は遠浅で膝ぐらいしか水は無かった。横になって水を飲んでいただけだった。

 八ッ山から這い上がって親分の家に向かったが、野犬が吠えついて恐く、親分の家に来ると表からドンドンドンと激しく戸を叩いた。
 その頃、若い者が集まって博打遊びをしていた。表を激しく叩かれたので、手が入ったと思い、灯りを消したので大混乱になった。表を開けると手入れではなく、金蔵が貝で切ったのであろう、血だらけになって、髪を乱だして立っていた。幽霊かと、もっと驚く兄ぃだった。「女を殺して、手前ぇだけが助かって逃げてきたんだろ」、「いや、女だけ助かって、俺が死にかけた」。部屋に入れたが誰もいない。見ると梁(はり)にぶら下がりケツを出しているのがいる。慌てたので兄ぃの背中から飛びついたのだろう。ヘッツイに首を突っ込んで身動き出来ないのがいるし、台所の踏み板を踏み外し、ぬかみそ桶の中に片足突っ込んで唸っている者がある。その時急所を思いっきりぶつけて取れてしまった。よく見ると茄子の古漬けを握っていた。ヌカ漬けの臭さだけではないな~。与太郎がはばかりに落ちていた。助けるより早く抜け出して部屋の中を歩き始めた。
「こっちぃ来ちゃだめだ」。

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 普通はここで終わりになりますが、続きの”下”があります。

 聞いていた親分がそれでは仕返しをしてあげるという。
 まず、金蔵をお染めの所に行かせ、「今、生き返ったところだ」と話します。
 そこに子分の”たみ公”を連れてお染めの所に行き、たみ公を金蔵の弟だと振れます。「たまたま品川に釣りに来たら死体が掛かった。それが兄の金蔵であった」と。金蔵はお前の書いた起請文(年が明けたら一緒になると言う誓文)を持っていたから、お通夜に出て欲しいという。「たみ公、位牌を出せ」と言うが、何処を探しても位牌が無かった。お染めは「イヤだよ。金さんなら、今来ているよ」、「そんなはずはない。見せろ」で部屋に来てみると金蔵の代わりに布団の上には位牌があるだけであった。
 お染めは企みとは分からず、おびえて髪を切ってしまった。
 そこに金蔵が現れると「まあヒドい。私は坊主になって明日から仕事が出来ないじゃないか」、
「お前があまり客を釣るから、ビク(魚籠と比丘)にされたんだ」。


注;オチの魚籠(びく)は釣った魚を入れておくもの。比丘(びく)は尼さんの事ですが、ここでは、尼さんの格好をした売春婦を差します。

聞いていても、あまりいい話ではないので最近は演じ手もいません。

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